呼吸法については、以前から関心があっていくつか類書を読んでいる。
高田明和氏の『心がスーッとするブッダの呼吸法』はわりと読みやすい本だった。
正しい呼吸法を行えば、ストレスは消え、病はなくなり、落ち着きが増し、長生きができる。
80歳まで健康に生きていき、最後にぽっくり死ぬことを理想としている私にとって良い呼吸法を習得することが重要な目標の一つだ。
本に書いてあった重要な点をかいつまんで記録しておく。(初読者への解説ではありません。あくまで自分の備忘録として)
・足心呼吸:足の裏から空気を吸い込んで(吸い込むような気持ちになって)、へそまで入れる。へそから徐々に吐いていき、足の裏から吐き出す(気持ちで)。
・つぶやき:困ったことは起こらない、全ては良くなる、いやな過去は思い出さない。
・中渚(ちゅうしょ)というツボ:手の小指と薬指の間の1センチほど下のへこみを軽く押す(反対の中指の腹で押す)。
・無の呼吸:ムーーーーーーーーッと唱えながら吐き、吸う。数息観、禅の工夫に通ずる。
初詣のしっぱい
元日に初詣に行って来た。
魚津神社というお宮さんである。
今年は父が入院中のため、残りの家族5人で行って来た。
大雪の朝で、しかも午前中だったこともあってか、比較的参拝客が少なく、すぐに本殿の中に入れた。
歩きながら家族にお賽銭を100円ずつ手渡した。
今日、妻から聞かれた。
「初詣のお賽銭、私にいくらくれた?」
「うん? 100円」
「1円だったよ」
「え?」
「私、あなたがくれたお賽銭だったので、仕方がないから1円で願い事してきたわよ」
「うっそだろ? ちゃんと100円玉4枚確認しながら1枚ずつみんなに渡したはずだよ」
(と、当日の自分の行動を思い出す・・・まさか、シルバーの色だけで大きさや重さは・・・そういえば、あまりyくは吟味せずに渡したかなあ????)
「本当に1円。だって、受け取ってからそのまま賽銭箱の所まで行ったもの」
というわけで、自分では100円ずつ配布したつもりが、とんでもない間違いであった。
お金はよく確認せねば。(金融マンのくせして!)
息子へのエール
大学1年生の長男がいる。
教師を目指している。
夢に向かって具体的に行動せよ、が今年の我が家の方針の一つである。
今日、彼が塾講師の面接に行ってきた。
無事合格したらしい。
高校時代の不勉強がたたって、大学選択では相当苦労したが、今後に期待しエールを送りたい。
夢に向かって、ひたすら前を向いて進め。
チャンスはそんなに待ってはくれない。
「今」を着実に掴んで行け。
2010年の計画その1・・・ランニング
夢を実現するためには、まず何よりも生きていくことが前提である。
しかも健康に、ということが極めて重要だ。
十何年か前から脚力とか心肺能力とか持久力とか柔軟性を高めなければならないと思っていた。
なかなか実行に移せなかった。
去年の最後の日から突如エアロバイクを始めた。
『7つの習慣』に「一日おきに30分の運動をすべし」ということが書いてあったからだ。
ジムに通う方法では、ちゃんとしたトレーナーが指導してくれるという利点はあるものの、行こうとしても、結局土日のどちかしか行けないことが既にわかっている。
では一日おきに30分の運動など、どうしようもない。
と思っていたが、家で、エアロバイクならできる。
ところが。
父が購入したエアロバイクでは、なかなか心拍数が上がらない。
有酸素運動となる10xまで持ち上がらないのである。
負荷を最大にして30分こいでもやっと90ぐらいにしかなってこない。
というわけで、そもそも「しんきろうマラソン」の「10km」を完走することを数年後の目標に定めており、その手前に、まずは「5㎞」を完走(完歩ではない)することができなければならないわけで、それが当面の目標なのだから、その目標に向かってトレーニングするとなると、やはり<走る>という行動が必要だ。
そんなこともあり、妻とじっくり話し合って、79800円也のルームランナーを購入することにした。
1週間ぐらいで届くようなので、せめて、家で、一日おきに30分走るということぐらいはきっちり習慣づけてやっていきたい。
高い買い物である。
無駄にはしたくない。
強い決意の下、購入を決めた。
走りながらポッドキャストも聞ける。
新しい楽しみが増えた。
ドカ雪で迎えた2010年の元日に思う。今年の我が家の基本方針。
夕べから今日にかけて日本海側は大雪となった。
特にここ富山県の魚津・・・の私の家の近くは30センチ以上の雪が積もった。
気象庁の発表では25センチぐらいと言っているが、私の家の付近は吹き溜まりのため量が多い。

(ちなみにこれは私の家ではないが)
子どもたちが除雪を手伝ってくれたものの、車を出すために1時間かかった。近年にしては珍しい元日の大雪であった。しかしこれだけ降れば、スキー場には客が来るし、建設業者は仕事料をもらえるし、田んぼの虫も死んで秋には健康な稲穂がようけ実るはずである。
閑話休題。
今年はさらに良い年にしたいとの願いをこめて、年末に富士山の写真ばかりが載ったカレンダーを購入。
私の居室のメインの場所に飾った。
これを毎日眺めて、良い年にしたい。
さて次は今年の我が家の基本方針の話題。
我が家の基本方針。
①感謝する
②目的を持つ
③行動する
④確認する
⑤健康を保つ
⑥蓄財する
解説編。
①感謝は全ての営みの始まりに置かなくてはならない。一日のスタートで「今日も命をありがとう」と感謝し、一日の終わりに「今日も無事命を全うできた」と感謝する。感謝すればさらに素晴らしい喜びが得られる。そして、去年の方針の一つでもあった「思いやり」に通じる考え方である。感謝すれば家族への思いやりも生まれる。
②子どもたちが上の学校に進学して1年経過。今年はそれぞれ2年になる。夢や希望や目標を持ち続けることは当然必要であるが、それを本当に自分のものとして具現化するためには、「何のために?」ということが明確でなければならない。目的のない行動は、じきにぶれる可能性がある。ぶれたら目標には届かない。夢も希望もあったものではない。目的が明確であれば、もしも自分の思う結果が得られなくてもリカバーできる。次の手を打てば良いのである。目的が明確であれば、環境変化にも対応できる。柔軟な対応が可能になる。従って、1年生の時とは違い、目標や夢を具現化するために目的を明確にして行動につなげて欲しい、という願いがこめてある。
③目的が明確になったら、迷いが生じた時に自分が立ち戻るべき拠り所が明確になる。という安心感を持って行動すれば良い。目標(夢、希望)⇔目的⇒計画⇒行動⇒確認、である。
④確認は、自分のやってきたことが目標や計画とずれていないか、進捗はどうか、ということを確認し、必要に応じ軌道修正するためには不可欠なことである。のみならず、我々は家族なのであるがゆえに、案外ささいなことで相互誤解をし、くだらないことでいさかいやいがみあいや意地の張り合いをしてしまいがちである。そういうことを防ぐためには、細かいことでもお互いに意識して確認しあうことが大切だ。例えば「明日は何時に起きるの?」「7時」「それで何時の電車で行くの?」「7時50分」「ちょっと起きる時間、早いんじゃない?」「朝起きてから見たいテレビがあるから」「じゃあ、もう10分ぐらい早く起きた方がいいんじゃないの?」「あ、そうだね、そうする」といったような助言と改善が可能になったりする。それがないと、朝バタバタしてお互い言ったの言わないのそう思ったの思わなかったの、といったくだらない喧嘩が始まり、お互いいやーな気分のまま一日をスタートさせてしまうことになったりする。それを防ぐために、細かな確認が、家族だからこそ必要だと思う。
⑤父が倒れて早10日になる。相変わらずほとんど意識がない。上の息子は歯医者に莫大な貢献をしている。新型インフルエンザが相変わらず流行している。私も人間ドックで二つも精密検査行きを命じられた。健康は全ての源泉である。規則正しい食生活、適度な運動、しっかりした睡眠、これらが人生のベースである。自分で自分の健康を維持する努力をし、家族がお互いにお互いの健康を気遣い合う。これが大事だと思う。
⑥昨年は「倹約する」というマイナスイメージの言葉を使ってお金の大切さを説いた。しかし今年はもっと積極的に「財を成す」という意味合いで、蓄財=少しずつでもいいから貯金しよう、という表現に変えた。子どもたちには「1割貯金」を推奨している。(なかなか実行していないので、毎月の小遣いの時に予め1割差し引いて渡すというやり方を、やむなくしているが)
さあ、今年も明るく元気に健康に留意して好きなことを目一杯やるぞぉ!
2009年最後の日
2009年の大晦日。
朝は決して早くなかったが、子どもたちに協力してもらい、神棚の掃除、しめ飾りの取り付け、餅切り、カレンダーの付け替えなど、午前11時には一通りの正月の用意が済んだ。
いくつかの小さな家具を移動し、家の機動性を少し向上させた。
先日読んだ『七つの習慣』の「第七の習慣 刃を研ぐ」に「一日おきぐらいで、30分ずつの有酸素運動をすれば良い」ということが書いてあった。
有酸素運動が健康に良いことは10年以上前から知っていたが、こういう自己啓発本の「自分を磨け」というようなことが書いてあると思われたところにそんな話が書いてあったので少し驚き、やはり運動しなくては、と思った。
しかし最近はジムに行く時間もなかなか取れず、時間の工面が課題であった。
廊下の隅に置いてあった、父が買ったエアロバイクを父の起居していた部屋に移した。
心拍数を測定する機能がない低価格品のため、携帯型の心拍数測定器を買った。
この2つがあれば、平日の夜でも自宅で有酸素運動ができる。
30分手持ち無沙汰にならなくても良いように、iPhoneの中にはポッドキャスティングからダウンロードした色々な番組も入っている。
準備は万端。
早速今日から30分ずつこいでみよう。
そこまでやったら母と妻がそれぞれ買い物や用事で出かけた。
子どもたちはそれぞれ自分の部屋に戻り、自分の時間を過ごし始めた。
自分の部屋に戻り、先日購入した「サライ 1月号」の付録のジャズのCDを聴く。
部屋はストーブの熱でそれなりに暖まっている。
バド・パウエルの「クレオパトラの夢」
何度聴いても心に染み渡るいい曲だ。
この曲以降、精彩を放つことなく、42歳で亡くなってしまったらしい。
素晴らしいピアニストだが・・・。
マイルスの「ディア・オールド・ストックホルム」
元々は民謡らしいのだが、素晴らしいJAZZに仕上がっている。
グラント・グリーンという人の「ジェリコの戦い」
富山市に同名のJAZZ飲み屋がある。
曲を聴いたのは今日が初めてだ。
重い中に明るさを秘めた不思議な曲だ。
いい。
という感じで、年の瀬、ひと時の至福を味わっている。
激動の一週間
12月19日(土)家の周囲の除雪。12月の除雪は何十年ぶりだろう。
母の新しい車が到着。
ホンダのFIT。
ショップの人たちの人柄が気に入って買った。
もちろん燃費の良さも重要な購買決定理由の一つである。
同日、2010年の年賀状に、目標の一つとして「家族の健康増進」と書く。
20日(日)母がFITに初乗り。
今までの車が普通電車だとするとFITからの眺めはサンダーバードのようだ、
と感動。
21日(月)職場に新しい仲間が増える。中途採用の人である。
私にとっては旧知の間柄の人だが、まさか転職して我が職場に来られるとは。
大変驚いた。しかも同じ担当である。
午前10時過ぎ、妻から電話。
76歳の父が脳梗塞で倒れ、緊急入院。
(前の日に「家族の健康増進」なんて書いた年賀状を出したところなのに)
家に帰ると、私の車のエンジン部がガタガタと異音を発し、オイルランプ点灯。
JAF曰く、動かさない方がいい、いつ止まるかわからない状態です。
こんな日に限ってトヨタが休み。
父の車で父の入院している病院へ。
2週間は絶対安静に、どう転ぶかわからないとの医師の話。
22日(火)会社で人事異動の内示。
会社の心臓部とも言える業務であり、私にとっては全く経験のない仕事。
いずれその担当業務もあり、と言われてはいたものの、コンサル的な業務で
行きたいと考えていただけに少なからずショック。
サラリーマンとしての昇進・栄達は望んでいないのだが、結果的には可能性
を認められたのか、責任とともに権限も大変重い仕事に就くことになる。
企業の中身を融資先として見るわけで、大変勉強になり、チャンスではある。
23日(水)下の子が高校の演劇の中部大会で名古屋へ出発。4泊5日の旅行。
午後、父の病床に付き添いながら読書と仕事の資料読み。
読書は吉川英一氏の『低位株必勝ガイド』、園善博氏の『頭がよくなる魔法の
速習法』。読了。
新しい職場のマニュアル、途中まで読んだ。
父はひたすら「1,2,3,・・・100、1,2,・・」と数字を念仏のように唱えている。
25日(金)仕事の引継ぎ。
新しい仕事は、手続やルールだけでも大変ややこしい。
しかしそれ以上に仕事そのものがわかっていない。
実務をしたことがないのにジャッジせよというのだからしょうがない。
とにかくマニュアルを読み込まなければ・・・。
夜、修理に出していたトヨタのガイアが戻ってきた。
オイルのカスが相当沢山溜まっていたらしい。
前の持ち主がオイル交換をほとんどしていなかったのかも知れない。
というわけで、オイルの通り道を2回オーバーホールしエレメントを交換した由。
修理費4万円也。
この一週間というもの、父の急病、私の人事異動など、人生にとって大きな事件が立て続けに起こり、正直言って混乱している。
無意識に、多量のアルコールを四晩連続して飲んだ。
その間毎晩10時半頃に何もせずに寝た。
父がこの先どうなるか、不透明この上ない。
症状はかなり重く、回復はしないと医師から宣告を受けた。
しかし病院にはそんなに長くはおれないらしい。
どこでこの先の介護をして行くか。
仕事は後1日を残して新しい業務に就かなくてはならない。
できるのか?
全然自信がない。
この混乱を楽しめる?
そりゃ無理だ。
いつもなら混乱している自分を上から眺めて客観的に楽しんでいる私だが、今回は不安で一杯。
とても楽しめる余裕はない。
でも今の状態が現実であり、この現実は変えられない。
そこからがスタートだ。
新しい「落ち着き所」は、混沌・混乱の中からこそ生まれるものだと思う。
混沌とした状態から、新しい智恵や打開策を生み出すのは、私の最も得意とする作業であり、大好きな分野のはずだ。
何をしなくてはならないかを書き出して、できることから順番に、一つひとつ取り組んでいこう。
私は一人ではない。
家族もいるし、職場の先輩や仲間もおり、友人たちもいる。
なんとかなる。
前に進んで行こう。
ナマズ話パート2
先日イワシとナマズの話を書いた。
イワシとナマズを同じ生簀に入れて運搬する。
ナマズが暴れるためにイワシがあおられ興奮して死ぬことを忘れて、淡水ながら運搬中の命を保つという話だ。
イワシは生きながらえるが、その後、運搬が終了した後のナマズはどうなるのか。
ま、淡水で運ぶから、住環境としては問題ないのかも知れないが、バタバタ暴れれば相当疲れる。
しかもイワシを生きながらえさせるために“同居”させられただけの「あてがい扶持」なのだから、運搬が終われば“用済み”である。
となると、運搬が終わったら、処分されてしまうのだろうか?
と考え、私たち異邦人入社組の運命にふと思いを致してしまった。
果たして・・・。
本当にお客様のためになることをしていくことが何故悪なのか
ある企業で、販売代理店に販売用のターゲットリストを渡す際に、なぜかその会社が持っている他社利用の情報などを付加して渡したことが、お役所からお咎めを受けたらしい。
社長は3ヶ月減給、幹部も何人かは同様の処分、情報を流した社員も処罰されるらしい。
そんな情報は、売るためのネタなのだから、悪いことはないだろう、と私は思うが、ことが大企業だとそうもいかないようだ。
つまり、大企業のパワーを盾に、他の企業ができないような手段で販売されては、公正競争の阻害だというわけである。
ま、法がそうならしょうがない。
手足を縛られて殴られるしかない。
しかし問題はその情報提供の話がどこからお役所に伝わったかということである。
内部告発なのだという噂を耳にした。
それも、理不尽な営業を無理強いされ、お客さんが望んでもいないことをなぜ強引に売るのですか、と言っても、そういう正論を会社が聞き入れない状態になってしまっているため、やむなく「ご注進!」と走ったらしい。
それは会社の本当の社会的使命を心底大事に思っているからだと思う。
売るのがイヤだということではないと思う。
むしろ、お客さんをうまいこと言って丸め込んで、使いもしないような機能を色々つけて、会社から褒められる人間よりも、よほど本当の意味での愛社精神のある人だと思う。
これが転機となって少し変わってくれればいいのだが。
我利我利亡者となった某社よ。(世間から袋叩きにされて気の毒な面もあるのだけど・・・)
イワシとナマズの話
会社の常務から「イワシとナマズの話」を知ってるか?と聞かれた。
知らない、と言うと、教えてくれた。
イワシは海の魚である。
それを淡水の生簀で運ぶと、普通は死んでしまう。
そこでナマズを一緒に入れて運ぶ。
ナマズはバタバタするらしい。
バタバタするナマズと一緒に入れられているものだから、イワシは興奮して暴れるらしい。
そのため、死なずに無事運ばれるという話だ。
常務は私たち外の世界から来た人間に、そのナマズになってくれと言う。
菊澤研宗さんという人の本に『組織の不条理』という名著がある。
ここに似たようなことが書いてある。
組織が硬直化し、正しいことが通用しなくなる、世間の当たり前の常識が組織の論理の前に封殺されてしまうことを防ぐために、ソニーあたりは意識的に異物を取り込み、組織が不安定になるように注意深く運営している、といったような話である。
「イワシとナマズの話」はまさしくそういうことだ。
今度私の職場にまた新たな外部の血が取り込まれる。
転職組である。
その人とともにナマズになってくれ、というのが常務の意向だ。
なかなか「井の中の蛙」のような会社であり、世間から見ると非常識だと思うような言動も多い会社である。
社員たちは怒られ続けて気力が萎え、若いほど忠誠心や帰属意識が薄れている。
一朝事があるとガタガタに崩壊する危険を孕んでいる。
しかし、上の常務の言葉に表れるように、異物を取り込んで変化していこうとする姿勢があるということは、まだ生き残る見込みがあるのかも知れない。
だったら、自分の都合のいい時に「頼むね」というだけでなく、もっと積極的に私の話に耳を傾けたらどうか、などとも思うが、ま、そんなものかも知れない。
こちらもこれからも当たり前の感覚を忘れずに、時々は「こうした方がもっといいですよ」てなことを上層部に機会がある都度申し上げて行こうと思う。
批判だけなら発展しないし、ただの評論家と思われて終わりだ。
まずは今の組織の中でしっかり仕事をして、この人の言うことだから、と耳を傾けてもらえるだけの実績を作れねばならない。そうしないと、結局「それはあんたの前の会社の話だろ」と言われておしまいであるから。
日本の組織は「何を言うか」ではなく相変わらず「誰が言うか」で左右されるのだから。
ま、いずれにしろ、職場に私のような異人が増え、また会社が異物を意図的に取り込んでおり、自ら変化していこうとする姿勢が見える、ということは大変良いニュース。