鴨長明『方丈記』より

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又同じころ(元暦2年(西暦1185年)7月9日)かとよ、おびただしく大地震振ることはべりき。そのさま、世の常ならず。山は崩れて河を埋づみ、海はかたぶきて陸地をひたせり。土さけて水わきいでて、巌われて谷にまろびいる。渚漕ぐ船は波にただよい、道行く馬は足のたちどを惑わす。都のほとりには、在々所々、堂舎塔廟、ひとつとして全からず。あるいは崩れ、あるいは倒れぬ。塵灰立ち上りて、盛るなる煙のごとし。地の動き、家の破るる音、雷にことならず。家のうちにをれば、忽ちにひしげなんとす。走り出れば、地われさく。羽なければ、空をも飛ぶべからず。竜ならばや、雲にものらむ。

若しせばき地にをれば、近く炎上ある時、その災をのがるることなし。若し辺地にあれば、往反わづらい多く、盗賊の難はなはだし。

世にしたがへば、身苦し。したがはねば、狂せるに似たり。いづれの所をしめて、いかなるわざをしてか、しばしも此の身を宿し、たまゆらも心をやすむべき。

(令和6年能登半島地震から14日目)

ここに転載したのは、岩波文庫の『新訂 方丈記』p22~26に書いてあった839年前の地震の様子とそれについての鴨長明さんの叙述からの抜粋です。今回の能登半島地震と比較しようとか世は無常とか、このことに関連付けて何かを述べようという意図はありません。そのような意図はないものの、何かにすがらなければこの気持ちを落ち着かせるすべがなく、永井荷風の『断腸亭日乗』の関東大震災のくだりを読み直したり、徒然草を紐解いたり、方丈記をめくってみたりしているうちに、方丈記の中に地震に関する記事を見出し、平安末期のこの頃にもこのようなことがあり、それを記述している人がいたのだなあと感じ、心を落ち着かせようとあとなぜをしてみたものです。転載していない部分には、本震の後の一日ニ三十回の余震、その後の数日おきの余震などについても記載されており、また地震本部の「主要活断層の長期評価」には能登半島の大部分には活断層が描かれていないにもかかわらず大きな地震があったように(専門家の間では危険であるとの認識があったような記事も目にしましたが)、日本はそもそもいつどこで地震があるかわからない不安定な陸地であることを今更ながら思い知らされたことです。

(令和6年能登半島地震から19日目 追記)

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久しぶりに開いた塩野七生さんの『マキャヴェッリ語録』と最近のこと

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若い頃に買った本です。塩野七生さんの『マキャヴェッリ語録』を久しぶりに開いてみたところ、いきなり目に飛び込んできたのが以下の文章です。

「国家にとって、法律をつくっておきながらその法律を守らないことほど有害なことはない。とくに法律をつくった当の人々がそれを守らない場合は、文句なく最悪だ。」

「国家にとってもう一つ有害なことは、様々な人物を次々と糾弾し攻撃することによって、国民の間にとげとげしい雰囲気をかもしだすことである。」

企業などで言えば、ルールを作って周知しておきながら、社長自らがそのルールを逸脱して平気でいると、当然社員・スタッフはしらけてしまって誰もルールを守らず、真面目にやったものが損をするという気持ちが蔓延した統制の取れない集団になってしまいます。これは組織やチームというべき状態ではなく、たまたま今だけここにいる、お金のためにここにいる、同じ会社で働いている同僚かもしれないが所詮他人であり他人がどうなろうと知ったこっちゃない、というのが本音の人々の集団だと言っても過言ではない状態だと言えるのではないかと思います。そういう中小企業は厳に存在しており、加えて、社長に対して誰も何も言えないということが往々にしてあるため、不満は表出せずに内部でくすぶり続けます。そういう企業に入って従業員インタビューをすると「上の人の言っていることとやっていることが矛盾している」という声がよく聞かれます。それを経営者に伝えると大抵は怒りの矛先が当の従業員に向かってしまうのでインタビュー結果の取扱は要注意です。しかしいずれかのタイミングでそれをしっかり経営者にお伝えし、結果として経営者がその振る舞い方を見直さないと、面従腹背・今だけ金だけ自分だけの面従腹背状態からは脱却できず、業績は改善せず、退職者は後を絶たずテキトー社員だけが残り、社長は「こんなにいい施策をやっているのになぜ我が社は良くならないんだ?」という疑問を持ち続ける裸の王様のまま、ということになりかねません。内省力の高い経営者の場合は、一旦怒りの矛先が従業員に向かっても、自らを批判的に見て、「あ、悪いのは自分だったんだ」となって、改めて虚心坦懐にインタビュー結果と向き合い、改善に取り組むために従業員の話に改めて耳を傾け、自分が何をすべきか、従業員には何を求めるべきかというところからやり直す方もいらっしゃいます。(これができる経営者は強い組織を作ることができるようです)

さて、今年は「甲辰」の年とのことで、十干は「甲」、十二支は「辰」だそうです。甲というのは「新芽が出る」「難しいことを突き破る」という意味があるそうです。その前年の十二支の「卯」が「地中でうごめいていたものが地上に現れる」ということとつなげて考えると、新しい良いことの顕在化ということもあるのでしょうけど、昨年の後半頃から、それまで分厚い蓋で覆われていた「やっちゃいけない偉い人の良くない行い」が徐々にあらわになってきて、今年はさらにそれらがより明確に見えてくる年になるのかも知れません。新しい良いことの顕在化という点では新産業が現れたり、ということもあるかも知れませんし、また良くないことについては狎れあいでテキトーなところで曖昧にされることもあるかも知れません。

最初のマキャヴェッリ語録に戻ると「国家にとってもう一つ有害なことは、様々な人物を次々と糾弾し攻撃することによって、国民の間にとげとげしい雰囲気をかもしだすこと」という言葉がありますが、1月9日の日経新聞にはユーラシアグループが発表した「2024年の世界の10大リスク」が載っており、その筆頭が「米国の分断」でした。自分の考えと合わない人を、口を極めて罵る、罵って溜飲を下げる、罵ったことを同じ考えを持つ人から褒められてつかの間の承認欲求を満たす、交流分析的に言うと「Aが働いていない」状態で「You not OK」という価値観の自己への刷り込みがさらに強化されていく、その結果分断は埋まらない、という良くない状態が続く恐れがあります。ちなみにリスクの2位は「瀬戸際の中東」とあり、同じ日の日経新聞には「ブリンケン米国務長官が、ガザでの戦闘が中東の周辺地域に転移する恐れがある」と述べたとの記事もありました。なぜ使われている言葉は「飛び火」ではなく「転移」なのでしょう?戦争は治らない人類の病弊だということでしょうか。

分断は米国だけの傾向ではなく、残念ながらわが国でもネット空間を震源地としてそれが常態化し、現実世界にまで相当及んできているような気がします。私たちの住む北陸では能登半島を中心に大きな地震が元日に発生し、今も住まいを失った方々、日々の食事・排泄・睡眠・風呂など健康を維持することすらままならない人々、事業所や工場などが被災して仕事が出来ない状態の企業、予約のキャンセルなどで収入が激減したサービス業など、大変な困難の中にあります。人を誹謗中傷している暇があったら・・・と言いたくもなりますが、人のことを言う前に自分はなすべきことをしているのだろうかと自問自答する日々です。マキャヴェッリ語録

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小阪裕司さんの『「価格上昇」時代のマーケティング』

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ワクワク系マーケティングの小阪裕司さんの著書です。昨年購入していたのですが、ようやく読むことができました。

私たちの国では、30年続いたデフレの下なかなか値上げができませんでした。思うに、色んなものが100円で売られており、例えば文具店に行くと150~200円ぐらいするポストイットとそれほど品質に差を感じないものが百均では100円。あれも100円。とにかく安いのが良い、安くないと売れない、という感覚になりきってしまっていたような気がします。

しかしここ1~2年、コロナ禍での事業者の疲弊、北洋材の品薄による木材の値上げ、ウクライナでの戦争の影響による小麦価格の値上げ、なんだか理由がよくわからない原油価格の値上げによる電力料金の値上げ、などボディブローのようにじわりじわりと色々な「原価」が値上がりをしてきました。その結果、多くの企業で「利幅が薄くなってきた」「コロナが明けてようやく黒字が見えてきたと思ったらまた赤字だ」という状況になり、しかもそれがこれまでの「安いのが良い」という感覚麻痺によって「値上げ」という選択肢が出てこず、包装を簡易にして価格を維持しようとか銀行は封筒をATMコーナーから撤去してコストを切り詰めようとか、そういう弥縫策に走り、結局自身で首を絞めているような感じになっているように私は感じています。

そんな中、顧客にとって価値のある商品・サービスを作り、その価値を伝えることも含めて提供していけば、それに見合った価格にすれば良い、そのためには日頃から顧客との関係をしっかり構築しておき、顧客が気づいていないニーズへの訴求や顧客が知らない価値を教えることでお客から対価を得る、といったことが書かれているこの本は目から鱗でした。

工場でものづくりをしている人たちは日頃顧客と接することがありません。自分たちが作っているものがその後どういう経路を経て何と組み合わされてどういう人がどんな恩恵を得ているのかということもなかなか知る機会がありません。そうした場合でも、経営者が顧客(発注元企業)の喜びの声(ポジティブなリアクション)を聞いてきて、社内に伝えることで、働く人々も「喜ばれている」「役に立っている」「私の仕事には意味がある」と感じることができ、それが明日へのエネルギーになる、ということです。

p49にヴィクトール・フランクル博士の『夜と霧』に関する記載がありました。曰く「より生き延びる確率が高い人は生きる“意味”を持っている人であることがわかった。」 企業の場合でも、一人ひとりの社員が「ここで働くのは自分にとってどういう意味があるのか」ということに思いを致し、何らかの答を得ることができた社員は元気が出、継続する力が湧いてくるものと思います。そういう機会を作ることも経営の仕事でしょうし、その問いに対してポジティブな答が見つかるような会社であれば永続性は高まっていくものと思います。「ここで働く意味」とはなんでしょうか。「成長」「共感」「仲間」「(もちろん)給与や休暇などの処遇」といった人としての当たり前のことが組織として提供できているかどうか、人を単なる労働力としてしか見ていない企業、人を企業の目的を一緒に実現していくための仲間として見ている企業、同じように給料を払い働いてもらっているだけかも知れませんが、その両者には大きな違いがあるのではないかと思います。経営に携わる人々は、自身で、或いは職場の仲間とともに、時にはそんなことを考えることも必要ではないか、ということもこの本を読んで感じました。「価格上昇」時代のマーケティング

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公式伝記『イーロン・マスク』

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まだ52歳の若さで伝記が出る人物。父のエキセントリックな子育て、南アフリカの過酷な環境など子ども時代の体験がその後のこの人の人格を形成しているのだろうということは想像できますが、この人の天才的な発想や同時にいくつもの事業を経営し続け、新たなことにも挑戦していく頭脳がどこから出て来るものか、はこれとはまた別の理由や背景があるようにも感じます。ただ、一攫千金を得た父を乗り越えたいという思いはあったのだろうなと感じます。子どもの頃、昼から夜の9時までぶっ通しで本を読み続ける集中力、授業中に先生が呼びかけると窓外の景色のことを返事してしまう、これも集中力、何かに没頭するとまさに寝食を忘れてのめり込む集中力、仕事の合間の休憩にやるゲームでも集中してしまう(休憩になっているんだろうか?なっているんでしょうね、きっと)集中力。天才と言われますが、天賦の才は頭脳そのものではなく頭脳を集中して使い続けられる集中力のことを言っているのかなという気にすらさせるのがイーロン・マスク氏の本を見た感想の一つです。

家族では、まず弟のキンバル・マスク氏。私自身は初めてそういう人の存在を知りましたが、イーロン氏の事業において欠かすことのない貴重な存在であることが、本からはにじみ出てきます。母のメイさん。父は恐らく厳父だったのでしょうけど、母は慈母といって良いような印象を受けました。人生の多くの場面でお母さんが出て来ます。とっても仲が良さそうです。また、最初の奥さんとの間に5人の子をもうけ、その後3回か4回、結婚または非婚の状態で子どもをもうけており、数えていませんが、たぶん10人ぐらいのお子さんがいるようです(亡くなったお子さんもいるようです)。

イーロン・マスク

物理法則以外は規則とは言わない物理法則以外は勧告である・・・本人の抱えている病気のせいか、人の心への配慮があまりできない人のようで、心理学などはこの人の中では下位に属しているようです。しかし組織運営においては学ぶべき点もありそうな感じです。曰く
・技術系管理職は実戦経験を積まなければならない。たとえばソフトウェアチームの管理職なら仕事時間の20%以上は実際にコーディングをしていなければならない。ソーラールーフの管理職なら、自分も屋根に上って設置作業をしなければならない。そうしなければ、馬に乗れない騎兵隊調、剣の使えない将軍になってしまう。
・まちがうのはかまわない。ただし、自信を持った状態でまちがうのだけはやめにしよう。
・自分がやりたくないことを部下にやらせてはならない。
・解決しなければならない課題に直面したら、管理職に伝えて終わりにしないこと。階級を飛ばし、管理職の下の人間と直接会うこと。
・採用では心構えを重視すべし。スキルは教えられる。
・失敗して学べ。
・第1戒:要件はすべて疑え。頭のいい人が決めた要件ほど危ない。私が定めたものであっても、要件は必ず疑え。そして、おかしなところを少しでも減らせ。第2戒:部品や工程はできる限り減らせ。第3戒:シンプルに、最適にしろ。(必要のないものを最適化するのではなく必要のないものをなくした上での最適化であること。)第4戒:サイクルタイムを短くしろ。工程は必ずスピードアップが可能だ。第5戒:自動化しろ。これは最終段階だ。自動化から始めるのは間違い。要件をすべて洗い直し、部品や工程を減らせるだけ減らし、バグをつぶし切るまで自動化は待たなければならない。(これらはこの順序のとおり行うこと)

著者のウォルター・アイザックソン氏によると、本の事前校閲のようなことをイーロン氏は一切行っていないそうです。イーロン・マスク氏にとって有限の時間の中で何を優先すべきかという、そのリストの中にすら自身について書かれた本の校閲などという項目はないのかも知れません。

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スコット・フィッツジェラルド『グレート・ギャツビー』

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ここ最近アメリカの少し古い映画を観ています。先だってはスコット・アステアの「コンチネンタル」。びっくりしたのは、その当時(たぶん1930年代)のアメリカでは、左ハンドルの車と右ハンドルの車が共存していたことです。全編ダンスが多く、最近のインド映画かと思うところもありました。ま、あくまで私の個人的印象ですので、全然違うのでしょうけどね。

さて直近で観たのが「華麗なるギャツビー(グレート・ギャツビー)」です。スコット・フィッツジェラルドという人の原作です。

本はまだ途中ですが、色んな点が私にとっては不条理に感じられ、いわく言い難い後味が残っています。書かれたのが第一次世界大戦の七年ほど後。映画には何度もなっているようですが、私が観たロバート・レッドフォードのこれは1974年のものです。本の中に気になった文章があったので抜き書きしておきます。

「アメリカ人は、農奴たることはいやがらぬばかりか、進んでなりたがるくせに、貧農たることは昔からいつも頑固にこばもうとする人間なのである。」(新潮文庫p144)・・・意味不明。

「三十歳-今後に予想される孤独の十年間。独身の友の数はほそり、感激を蔵した袋もほそり、髪の毛もまたほそってゆくことだろう。」(同p225)・・・これはうまく韻を踏んだ気の利いた言葉のように感じましたので採録しました。

グレートギャツビー

映画の中では、男たちがいつも顔といわず首筋といわず汗をかいているのが気になりました。顔にあれだけ汗をかいているということは、シャツの背中も下着の中もびっしょり汗をかいているに違いないのですが、画面にはとにかく汗をかいている男たちの顔の大写しが多かったです。汗の意味は、真夏だという設定もあるのでしょうけど、それぞれがなにがしかの隠し事や後ろ暗いことがあり、緊張しているということを表現したのだ、というような説もあるようです。

現代アメリカを代表する作品だということなので、私の感じた不条理感、違和感はさておき、本の方も最後まで読み切って、何が「20世紀最高の文学の2位」なのか、考えてみたいと思います。日本語訳なので、米国の方々のような味わい方は難しいのでしょうけど。

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ドストエフスキー『未成年』

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数年前にドストエフスキーの『白夜』という短い小説を読みました。なんとも言えない幻想的な失恋小説でした。その時の個人的な印象を言えば、装丁の影響を受けたのか、どことなく日本の「雪女」を連想させられました。そこから改めてドストエフスキーに挑戦していこうと決意したのがこの投稿内容のきっかけになります。

ドストエフスキーは大学に入った年に、ちゃんとした小説を読まなければという思いで挑戦したものです。最初は肩慣らし(ロシア文学への心のハードルを下げるための練習)として『貧しき人々』を読み、人物の名称や表現に馴染んだ上で『罪と罰』に取り組みました。それからかれこれ40年近くを経て、7年前の2016年、一週間ばかし仕事からも世間からも離れられる機会がありこの機を逃してなるものかと思い『カラマーゾフの兄弟』を読みました。村上春樹さんの小説にはしばしばこの本のことが出てきていたので、随分前から気になっていたものです。さらにちょうどその頃亀山郁夫さんの新訳が話題になり、筒井康隆さんが亀山訳によってようやく読めたという主旨のことを仰っていたので、それでは、と私も挑戦しました。いわゆる五大長編の1と5だけを読んだことになります。

それで終わっても良かったのかも知れませんが、あと三作を読まないというのもどうかなと思い、『白痴』『悪霊』『未成年』のどれがいいかなあと検討。なんとなく『未成年』というのはあまり聞きませんし、他の二作の重そうなタイトル、巷間耳にするそれらの小説の重々しさに比べるとまだ軽いのではなかろうかという期待がありました。という安易な理由で『未成年』に取り組んだのが数年前。三、四十ページくらいのところであえなく挫折してしまいました。何が面白いんだろう?ということと、見開きに改行が一つもない文字びっしりのページの連続で、しかも言いたいことが伝わりにくい難解さ(ビジネス文書ではないという割り切りをすべきだったのでしょうけど)、ということで、ほうほうの体で逃げ出したという感じでした。

今年の初めだったと思いますが、丸谷才一さんが「読まれないドストエーフスキイ」と書いておられた『ステパンチコヴォ村とその住人たち』を偶然書店で見つけ、帯に「ドタバタ笑劇」とあったので、一気呵成に読みました。その勢いで5月に改めて『未成年』に挑戦し、約2カ月半かかって読み終えた次第です。

やはり前回同様何度も挫折しそうになりましたが、この間、他の小説には見向きもせずに取っ組み合いをしてきました。後になってわかったのですが、主人公には母の違う姉がいるのですが、その女性のことを「主人公が好意を持っている2人のうちの一人の女性」だと錯覚していました。確かに振り返って読み直してみると「姉」であるとはっきり書いてあるのですが、途中で忘れてしまっていました。そのくらい混乱する小説です。

しかし今回勉強になったことがあります。ロシアの名前のつけかたは、本人の名前・父の名前(少し変形)・苗字、という構成になっているようで、例えばこの小説の主人公であるアルカージー・マカローヴィチ・ドルゴルーキーは、苗字がドルゴルーキー、父の名前はマカール、本人の名前がアルカージー、となっています。姉のアンナ・アンドレーエブナ・ヴェルシーロワは、ベルシーロワが苗字の(たぶん)女性名詞、アンドレイが父の名前(父は、アンドレイ・ペトローヴィチ・ヴェルシーロフ・・・実は主人公アルカージーの実父でもある)、アンナが本人の名前、という具合です。それがしっかり頭に入っていれば、アンナ・アンドレーエブナがヴェルシーロフの娘であり、すなわち主人公と同じ父を持つ姉弟であることもすぐに理解できたはずなのに・・・という思いに駆られます。しかも同じ人物でも、呼ぶ人によって言い方が異なるため、それらが同一人物であるとちゃんと認識しないままに話しが進んでしまうこともあり、複雑な物語が余計わかりにくくなってしまいます。読み手の力不足ではありますが。

しかし後半から亀山郁夫さんがお書きになった参考図書「ドストエフスキー五大長編を解読する」などを時々眺めたこと、全巻終了後に、他の参考図書にも目を通すことで、もやもやっとしていたことが多少は見通しが明るくなったような気がします。中でもフランスに亡命したロシア人作家アンリ・トロワイヤの『ドストエフスキー伝』は直截的で「目から鱗」状態でした。これら参考図書にはとても助けられました。

未成年

最後にいくつか抜き書きを。

新潮文庫上巻p519「われわれは韃靼(タタール)族の侵略にさらされ、その後二百年というもの奴隷状態におかれました」・・・参考図書 NHK出版『世界史のリテラシー 「ロシア」はいかにして生まれたか タタールのくびき』

新潮文庫上巻p568「自分が公正な者は、裁く権利がある」・・・ラスコーリニコフ?

新潮文庫上巻p575「アルカーシャ、キリストはすべてを許してくださいます。おまえの冒涜も許してくださるし、おまえよりももっとわるい者だって許してくださるんだよ」・・・親鸞聖人悪人正機説?

新潮文庫下巻p142「笑いがもっとも確実な試験紙だ・・・赤んぼうを見たまえ、あかんぼうたちだけが完全に美しく笑うことができる」

新潮文庫下巻p265・・・マカール・イワーノヴィチ(主人公の名義上の父)の最後の言葉「なにかよいことをしようと思ったら、神のためにすることだ、人によく見られようと思ってしてはいけない」

さて、しばらくはドストエフスキーから一旦離れ、いずれまた未読の小説集と長編二作に戻ってきます。

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高岡市金屋町でのひと時「民家ホテル 金ノ三寸」

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先日、早朝からの仕事に備え、同じ県内ではありましたが、高岡市に前入りしました。かねてより友人が経営している「民家ホテル」に関心があり、泊めさせていただきました。「民家ホテル 金ノ三寸(かねのさんずん、と読みます)」は、京の町屋のような建物が二棟あり、それぞれ、最大で8人まで泊れる大きい建物と4人が上限の中くらいの建物が並んでいます。

私は向かって右側の4人用の方を予約し泊めさせていただきました。建物は2階建てで、すっかりリノベーションされており、京の町屋のような風情がありました。デザイナーのセンスの高さがうかがい知れます。

「金ノ三寸」というネーミングは、実は鋳型の「鋳」を崩したものらしく、この辺りは金屋町といって、江戸開幕の頃にこの地を治めていた前田家が7人の鋳物師を招き高岡を銅器などを含む鋳物の町にした中心的な場所だったようで、今も多くの鋳物師や鋳物の前後の工程を担う様々な技能士の方々がいらっしゃるとのことです。彼らの技術は、奈良・法隆寺の国宝・釈迦三尊像の再現や奈良・薬師寺の国宝・東塔相輪構成金具の修復など、国の大事な宝を維持・復元することなどに大きな貢献をしているそうです。1000年以上も前の宝物を復元するためには、構成部品を一つひとつ丁寧に点検していかなければならず、ばらす作業も当然必要なのだろうと思います。鋳の文字をばらしたのも、そういう古きをたずねて新しきを知るという心意気なのかも知れないなあと勝手に想像しつつゆるやかな時間をすごさせていただきました。https://kanenosanzun.jp/

夕食後は、これまた友人が経営している末広町のバー「flower bar hanakotobar」で一杯。高岡駅を背に市電通り沿いにあるお店です。オープンから一年が経過し、マスターも元気な様子で接客してくれました。バーボンの後は、食用花の乗った美味しいカクテルも振舞ってもらいました。有難いことでした。https://hanakotobar.studio.site/

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森本真樹さん著『躍動するアフリカ』

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地元の図書館に行ったら<新刊>というコーナーで目に入りました。早速借りてきて一読しました。著者や外交官で3度のアフリカ勤務をなさった方で、現在はエチオピアにあるAUの事務局で働いておられるとか。この方が2008年に当時のエチオピアのメレス首相から、日本には日本にしかできないことをやって欲しい、働く人を指導する指導者の教育である、との依頼を受け、カイゼンを通じた労働教育のプロジェクトを提供したということが書いてありました。ちなみにメレス首相曰く「普通の道路、橋やダムの建設なら、欧州や中国に依頼すれば良い」「規範を書くのは、欧州の人が得意」という風に、日本に依頼することと、欧州や中国に依頼することを区別していたようです。「重要なのは労働倫理です。これは日本が最も得意とする分野であり、日本人にしかできないもの」と仰っていたそうです。

時々知人たちと「日本人の良い所はどこだろうか?」という話題になることがあります。内省的? 思いやり? おだやか? 話し合いでものごとを決めようとする姿勢? どれも合ってるような感じはしますが、それらと逆の出来事にもしばしばお目にかかります。上の人の言うことに素直に従う従順さ・おとなしさ・・・悪く言えば隷従ということにもなりかねず、そういう労働者になるように仕立ててくれ、というのが本音の要請だったとしたら、それはそれで本質を突いていたのかも知れませんが、森本外交官たちが提案し導入したものがカイゼンであったということです。まず、仕事が終わったらきれいに片づける、ということから始めたということですし、カイゼンの本質は、自主性・自発性・チームワークといったボトムアップの取組のはずですから、自由の尊重や多様性重視や相互リスペクトといった価値観も5つのSなどと一緒に伝えられたのではないかと思います。

面白いなと思ったのは日本の蚊取り線香が現地の蚊にも結構効くので、そのおかげでマラリアの感染抑制にも効果があるとの記述でした。蚊取り線香の材料となっている除虫菊はケニアやタンザニア産らしいので、アフリカからすれば逆輸入なんでしょうか。現地で生産できればいいのかも知れません(日本にとっては加工賃が入らなくなるので良くないのかも知れませんが)。

また「アフリカでは、老人が一人亡くなることは、図書館が一つなくなるのとおなじことであると言われる」との記述もありました。老人=先輩は智恵の宝庫。ものの見方、経験、考えて来られたことなど、先輩たちから学ぶことは沢山あります。もうちょっと先輩たちを大事にしなきゃ、と反省。

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東京の電車内の中吊り広告のこと(地元の方はとっくにご存知なのでしょうけど)

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先日所用で上京しました。その際、井の頭線と都電(山手線)に乗りましたが、何気なく中吊り広告に目をやると、たまたまその時だけだったのかどうかわかりませんが、以前だったらとても色々な広告があったのが、まるっきり様変わりしており、ビックリしました。

具体的には、井の頭線では吊り棒(正しい名称がわかりませんが、要は広告の紙の上辺をクリップで挟んでいる二枚の棒?細い板?です)に「片面だけ」のもの、本来なら2枚×2枚の4枚(裏表)でワンセットなのに「1枚しかないもの」というぐらいに吊るして宣伝すべきものがない状態でした。

都電については、車両の中の大半が「SUICA」関連のもの。SUICAでこんな周辺サービスが受けられますよといったようなものであり、SUICAそのものの宣伝ではないというものの、要はJRと関連した広告であり、全くの第三者が広告主ではないというものだと私の目には映りました。

一方で車両側面吊り革上の動画広告は5秒おきでどんどん入れ替わり、繰り返し繰り返し激しい光が明滅していました。映像の切り替わりが早いためにずっと見ていることができません。こりゃあ都会の人でも見る気にはならないのではなかろうかと思うくらいの単調なメッセージの繰り返しでした。

中吊り広告が広告市場として魅力的なものではなくなってきた、ということなのかな?という仮説を持ちました。乗った曜日や時間帯がたまたま入替の時間帯だったから少なかったのかも知れませんが、これだけSNSやターゲット広告が花盛りになってきている現状からして、中吊り広告に頼る意味合いが極めて薄いものになったのかも知れませんね。

それはそれとして、この3年あまり、公共放送のテレビニュースを見ると、コロナの新規陽性者数などコロナ関連の報道があるたびに映し出されていたのが東京渋谷のスクランブル交差点の人出の様子でした。曰く「今の渋谷スクランブル・・・このように人出はほとんどありません」「以前から見ると少し賑わいが戻ったような週末です」といった感じで毎度毎度スクランブルの映像が流されていました。その際、必ず目に入ったのが、正面にデンと座った「大盛堂書店」の看板でした。ずっと気になっていましたが、今回の上京の折を利用して入口をくぐってみました。それほど大きな書店ではないものの、地下・1F・2Fの3フロアで書籍販売を行っておられました。もしかすると、コロナ前は3F以上もあったのかも知れませんが、今回お邪魔した時は3F以上は立入禁止となっていました。東京のど真ん中で、この人出の少ない時もしっかり店を守ってこられたことに敬意を表し、文庫本2冊を買い求めました。経営にはなんの足しにもならないかも知れませんが、ほんの応援の気持ちを表しました。それにしてもこの時のスクランブル交差点は大変な賑わいでした。それも若い人・外国人などなど。信号が変わるたびに新しい顔ぶれがどっと対岸に繰り出し、赤信号の間にどんどん溜まって歩道が人であふれ、青信号になるとまたそれらの人が吐き出されて、の繰り返し。東京は賑やかでした。

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村上龍さん『希望の国のエクソダス』

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西暦2000年に刊行された村上龍さんの『希望の国のエクソダス』を読みました。
最近「日本を脱出せよ」といった言説がちらほら聞こえてきており、これがその嚆矢となるような小説だと誰かが言っていたことがきっかけです。
内容は日本そのものを脱出するものではないので上記のこととは全くのイコールではないものの、現在の体制から抜け出して自分たちの才覚で、ある種独立的な自治体を作り上げていくものであり、その意味では「脱出」に通ずるものがあるようにも思います。

村上さん曰く「人材の国外流出が本格的に始まってしまったら、たぶんこの国の繁栄の歴史が本当に終わるだろう」(文庫p101)。

村上龍『希望の国のエクソダス』

まだ仮装通貨の片鱗も見えてない時代に「イクス」という仮装通貨的なパワーを持つ「地域通貨」を登場させてみたり、坂本龍一さん(音楽家、2023年3月逝去)を風力発電所のブレードで音楽を奏でるための実験をさせたり(実際にそのようなことがあったかどうかは確認していませんが、唯一実在の人物が実名で登場しているくだりです。p385)、実験的な小説にしては今日の日本を見通したような、近未来社会経済小説と呼んでも良いような感じがします。

他にも「日本経済はまるでゆっくりと死んでいく患者のように力を失い続けてきたが、根本的な原因の究明は行われず、面倒な問題は先送りにされた」(p16)、「これまで通りのやり方で何とかなるだろうと思っていたのだ。メディアは、危機へのそういう曖昧な対処に加担していた。本質を見なくてもすむような有名人のゴシップや社会事件を(中略)興味本位に報道した。」(p17)、「過去の日本を歴史的に美化するような動きも目立った。」(p17)といった20年後の今のことかと思うような主人公の独白もありました。

冒頭登場するナマムギ君はパキスタンとアフガニスタンの国境付近で地雷処理をしながら、なぜ日本を離れてここにいるのかという記者の質問に対して「あの国には何もない、もはや死んだ国だ」と語り、さらに「すべてがここにはある、生きる喜びのすべて、家族愛と友情と尊敬と誇り、そういったものがある、われわれには敵はいるが、いじめるものやいじめられるものがいない」(p12)と人と人との間で生きるとはどういうことなのか(敵と戦うことを是とする気持ちはありません)を端的に語っているように思います。

小松左京さんが『日本沈没』を書きましたが、科学的な知見(ウェゲナーの大陸移動説や日本海溝の深さとマントルの移動など)を下地にしつつ、小松左京さんが伝えたかったことは、戦後も戦前と日本人の閉鎖性は変わっていない、この辺で国際人にならなければ大変なことになる、そのためには一回日本がなくなったらどうなるかという思考実験をしてみることで、目を開くきっかけになりはしないか、といったようなことを考えてあの小説をお書きになったということをどこかで読みました。
実は村上龍さんも同じような思いを抱いてこの小説を書いたのではないかと感じたのがつぎのくだりです。「日本人みんなが、何か共通なイメージっていうか、お互いに、あらかじめ分かり合えることだけを、仲間内の言葉づかいでずっと話してきたってことなんじゃないかな。その国の社会的なシステムが機能しなくなるってことは、その国の言葉づかいも現実に対応できなくなる。」(p122)ということを主人公の交際相手の経済記者に語らせています。

これからの時代、若い人が地方から東京へ、東京からオーストラリアなどの海外へ、集団脱出するような日本にならないよう「希望」が持てる国であり続けるにはどうしたら良いか。まずは私たち大人が楽しく、誠実に、正直に(嘘をつかず)、明日に希望を持って生きていくことが必須だと思います。ポンちゃん(主要登場人物の一人、中学生)が国会の証人喚問で語るセリフ「この国にはなんでもある。本当にいろいろなものがあります。だが、希望だけがない」・・・こんなことを若い人に言わせない社会にしなければ。外国から日本を訪れる人たちが、日本は観光だけでなく働いてスキルを身につける上でもとても良い国だ、と言われるような国にしていかなければと思います。

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