年賀状

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 年賀状を機械で作るようになって随分経つ。
 初めは結婚して間もない頃、当時爆発的に売れていたプリントごっこを使っての作成だった。
 やがてパソコンとプリンタで写真などを印刷できるようになってからは、当時のSONYのデジタルマビカというフロッピーディスクに保存するタイプのデジカメで写真を撮り、それを印刷していた。
 単純な写真印刷のパターンから、筆まめというソフト(富士通のパソコンにプリインストールされていた)を使い始めてからは、写真もベタ印刷ではなく、顔のところだけを丸くくりぬいて印刷し、その下に家族各人の「今年の抱負」を入れるようになった。
 これが今のパターンの始まりである。
 といっても別段オリジナルではなく、遠い昔、大学生の頃の先輩で既に妻子持ちだった人がいて、その人の年賀状が、家族の一人ひとりのコメントを年賀状に入れるというやり方をしておられ、それが元ではある。
 今の、顔写真プラスコメントをそれぞれ、というパターンにしてから、もう丸10年経過した。
 すっかり定着し、「毎年お前の家族の写真とコメントを読むのが楽しみだ」と言ってくれる人もいて、同じやり方を続けてきて良かったな、と思ったりもする。
 最近は子供たちが写真を撮られるのを嫌がり(撮影するのは父である私だが)、なかなか撮らせてくれず、載せる写真をどうしようかと悩む数年であったが、今年は久しぶりに二人そろってすんなりと撮影に応じてくれ、おかげでお日様の下で、いい写真が撮れた。笑顔、というのはさすがに抵抗があるようで、兄弟そろってむっつりした顔だが、多少いきいきとした近況である点は大きな進歩だ。
 ということで、今年もそのパターンで無事作り終えることができた。
 本来一枚一枚丁寧に書くべきであり、その時間がとれないことへの誤魔化しだし、相手に対して申し訳ない気持ちはあるが、自分と家族の今を、オリジナルな形で伝えようと精一杯工夫している点はわかってもらえるかなあと思いながら、それぞれの年賀ハガキに短いコメントを手書きで入れている。
 永六輔さんや小沢正一さんたちは、年賀状はもう書きません、徐々に浮世から離れていくために、みたいなことを言っているらしい。潔い整理の仕方だなあと思う。いずれ自分もそうしていくときが来るのだろうが、子供たちが協力してくれる間、巣立っていくまでの間は家族でコメントを入れながら年賀状を作っていきたいと思っている。

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とても深い歌「手紙~親愛なる子供たちへ~」

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 樋口了一という人がいる。
 どんな人かは知らない。
 歌手であることは間違いなさそうだ。
 今日、年賀状を書きながらラジオを聴いていると、ディレクターが「最後まで聞けなかった」と言ってアナウンサーに渡したレコードだと紹介された。
 曲名は「手紙~親愛なる子供たちへ~」という歌だ。
 じわっと泣けてきた。
 涙が止まらなかった。
 身につまされるし、今後数年以内に、間違いなく自分にも訪れる状況だし、さらに数十年後には自分自身がその立場になるであろう状況だ。
 認知症になることを目前に想定した親が、わが子に、ぼけたりこぼしたり粗相をしても、そっと見守って手を差し伸べて欲しい、お前が赤ちゃんのときに我々がしっかり育てたように・・・というような内容だ。いや、こう書いてしまうと、なんだか、親のエゴみたいに聞こえるなあ。こんな書き方は適切ではない。しかし、とにかく、そんなことを歌にしなければならないくらい、今の日本はせちがらいのかも知れない。年老いた親の面倒を見るのは当たり前だろうという気もするし、いやいや昔は労働力にならなくなった親は山に捨てに行った時代や土地もあったのだという話もある。死に行くものが心置きなく死ぬことができ、生きて行くべきものがしっかり生きて行くための仕組みであったと言われればそれまでだが、こんなに豊かな日本で、老親を見殺しにするようなことはあってはならないと思う。
 親のケアができるよう、自分なりに色々苦労している、と思っていたが、いやそれは単なる自己満足で、やってやっている、と言わんばかりの自意識過剰行為ではないか。本当に親が求めていることができているのか、自分一人で満足して、実際なんの役に立っていないのではないか。少し記憶があいまいになったり失敗したりし始めている親に対して、見守る気持ちで寛大に接しているか。
 今の日本を憂うなんてとんでもない。
 自分自身が親に何もできていないのに、高みからものを見るようなことを言えた立場か。
 と、歌を聴いて、反省しきり。
 もう少し地に足をつけて、子供としてすべきことをしてなければ、と思う。
 YouTubeでもアップされているので、このブログをご覧になった人は是非一度、お聞きになってみて下さい。先入観なしで聞いてみて下さい。

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とりあえず一息・・・ビッグ3支援決定!

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 昨日はもう一つ、嬉しい、というか良かったなとほっと胸をなでおろすニュースがあった。
 アメリカのブッシュ大統領がようやく、ビッグ3の支援を決断したとのこと。
 といっても恒久的な救済策ではなく、年越し資金の融資だとのことなので、ぬか喜びはできないが、とりあえず、年末の経済大崩壊はまぬかれた。
 なにせアメリカの自動車労組の組合員は250万人。人口3億人から割り戻していくと、アメリカ国民の、大体30人に1人ぐらいが自動車産業に携わっていることになる。
 1社潰れるだけでも尋常ではないパニックが訪れる。
 ソフトランディングならいいが、資金繰りが効かずに倒産となると、一気に大量の失業者が発生して大混乱に陥ること必定である。
 部品メーカーなど傘下も膨大な数の企業、労働者がいるはずだし、それら部品メーカーは日本の自動車メーカーへの部品供給者でもあるらしいので、連鎖倒産ともなれば、トヨタやホンダの米国生産も立ち行かなくなるのではないか。
 まあ、もちろん、ちゃんとした再建計画を3月末までに作らなければ、公金引き上げという措置となるようだし、一人当たりの労務費がトヨタの1.5倍もかかる、という現状にメスを入れないわけにはいかないだろう。失業するか給料が下がるかの選択肢だということに、当事者は気がついていないかも知れないが。
 大前研一氏は、トヨタとアメリカが折半でGMを立て直したらどうかという大胆なことをある雑誌で言っていたが、トヨタがそんな冒険をするだろうか。
 いずれにしろ、とりあえず、年末大破局は防止できそうである。
 次はオバマさんとサマーズさんとガイトナーさんたち、そしてビッグ3の経営陣と従業員の当事者たちにかかっている。
 頑張れ、アメリカ、頼むぞ、アメリカ。(但し、外国車の輸入制限や販売制限などの保護主義には行かないようにね)

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誤った使い方は自己責任では?

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 たまたまテレビを見ていたら、回転式の足裏マッサージ機のカバーを外して、首に当てていた人が、窒息死をしたというニュースをやっていた。
 原因は、はだかになった「ツボ」の部分にその人の服(たぶん襟元だろう)が絡まって、そのまま首を絞めてしまったことのようだ。
 メーカーの代表者が、過去2件、同様の事故がありながら世間に対して注意喚起をしていなかったことをわびている、という光景をテレビカメラが映していた。
 ちょっと驚いた。
 そもそも、足裏のマッサージ機はゴロゴロゴロゴロと、すごい回転をするものだ。
 そのカバーを外して使うということ自体、とても危険なことで正しい使い方ではないだろうし、ましてやその状態で首にあてがうというのは、ちょっと考えられないことだ。相当痛いだろうなとか、危ないだろうなとか思わなかったのだろうか。
 小さな子供ならともかく、しっかりした判断力があるはずの大人が、そういう誤った使い方をしてしまい、しかも亡くなってしまったというのは・・・、その方には大変気の毒なことだが、もう少し考えて行動できなかっただろうかと思う。
 正しい使い方をして下さい、というのは最近はどんな機器の説明書にも書いてあることだし、たぶんこのメーカーの品物にも書いてあることだろうと思う。
 仮にこのメーカーが、広告や大きな注意喚起用の説明書で注意していたとしたら、今回の悲劇は防げただろうか。
 どんなにメーカーや周囲の人が注意しても、不注意な人の目には映らないのではないか。
 亡くなった方には本当に気の毒だし、その方を冒涜するつもりはないが、今回のような事故においてまで、メーカーの責任を、という議論があるとしたら、日本はおかしいと言わざるを得ない。
 さすがにこれは自己責任だ、と思う。

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美しかったです、筋雲

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 12月13日(土)の午後、冬の寒空であるべきときだが、このときは不思議と暖かかった。
 BIZねっとという勉強会の事務局メンバーの打合せに遅れて参加するため、富山駅の北口を出て、一路会場へ急いでいたときに、ふと空を見上げたら、こちらはまばらな筋雲、もしくはうろこ雲(違いがよくわからない)なのだが、前方の彼方へ目をやるとその密度がだんだん細かくなっていって、最後は一つの大きな白い敷物のようになっている。その、グラデュエーションのような変化が面白く、思わず足を止めて写真を撮った。
20081213富山駅北からの雲
 この時期に、この富山でこんな秋空のような写真が撮れるとは思わなかった。

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大手コンビニの戦略(異業種交流勉強会レポ)

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 12月13日に異業種交流勉強会「とやまキトキトBIZねっと」の第12回会合に参加した。
 今回は、近々富山に新規出店を予定している大手コンビニチェーンの戦略に関するお題であった。
 診断士試験におけるマーケティング分野の勉強で「POSを活用した売筋・死筋分析」とかいうようなことは知識としてはあったものの、実際に現場でどんな会話が交わされているかとか、どんな考え方でどこまで徹底してやっているものかなど、生々しいことは一切わからない、文字面だけの勉強だった。
 が、今回はその現場に従事していた人の話なだけに、現場の息遣いまでもがわかるような迫真の講義であった。
 さて内容。
 ・小売業は仕入(発注)が全て⇒販売機会ロスをなくし廃棄ロスを最小限にする
大手コンビニの仮説検証の考え方
 ・そのため、
  「各商品」が(色別、大きさ別、デザイン別など完全単品ごとに)
  「いつ」(その日にある行事、天気、気温、マス媒体での露出状況、立地条件などを踏まえて)
  「どの棚」に
  「何個」置いてあれば最も多く売れるか、を<<仮説>>して必要量を発注する
 ・その結果を<<検証>>し、次の発注の参考情報として活用する
 ・状況は常に変化しているため、前回の仮説は過去のものでしかない
 ・嗜好の変化、商品ライフサイクルの終了、季節変化などを考えながら常に新たに<<仮説>>する
 ・単品管理をサポートするものが「情報技術」
 ・仮説・検証サイクルをサポートするものも「情報技術」
 ・店長や従業員がやらなければならないことは、それら情報のサポートを得て「考える」こと
 ・<<検証>>(仮説とのズレの原因把握)はデータと売り場で確認する
 ・本部と店の合言葉は「明日のお宅の店の仮説は何?」
 ・常に仮説を考えていくために必要なものは「情報」と「目配り」
 ・愚直に仮説して実行して検証する。これが今日の同社の繁栄の全て
 そこまで思い返してみてふと思った。
 「売筋」の面積を増やす、という考え方は、ここ最近私が対応している「経営相談会」のお客様=建設業や製造業における「稼働率向上」という考え方に使えるかも知れない。
 売上が上がらないとか、利益が上がらないと苦労しておられる。
 もちろん、仕事が取れなければ、売上も何もないのだが、待ちの姿勢であるはずのコンビニですらおこういう工夫を徹底してやっているのである。攻めの営業ができる建設や製造でも(入札に落ちればそれまで、という悲観的な事実もあるけれど)、無駄な稼動をなくし、有効な稼動で利益を上げていくには、という観点で何がしかのヒントになるような気がする。
 少し深堀して考えてみたい。
 ■敷居の低い勉強会&異業種交流会
 「とやまキトキトBIZねっと」
 HP:http://blog.livedoor.jp/kitokitobiz/

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今年の漢字は「変」

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 今日のニュースでやっていたが、今年の漢字は「変」なのだそうである。
 いきなり「変」と出てきて、私はstrangeを思った。そんな変な「今年の漢字」もあるまい、と思った。
 どちらかというと、changeの方なのだろうか。
 アメリカでは民主党の人々が「change」というキーワードを引っさげてオバマさんが大統領に当選した。日本でも変わらなくちゃという風潮が出てきている。
 私個人で言えば、職場が変わり、大きく変化した、あるいはこれからの自分の人生が大きく変わっていく一歩だとも言えるような変化があった。
 少しずつでも富山県の発展に貢献できるような道に近づきたい一心である。
 そういう仕事を通じて自己実現を果たしたい。
 そのための、一歩を踏み出すことができたかなと思う。
 ところで、今年の漢字というのは、清水寺の管長が決めるのかと思っていたが、そうではないのだなということを知った。
 ふうん、って感じだ。なんか変だな。

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「毛生え薬」の話

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 世の中には色々な毛生え薬がある。
 有名なものはリアップとか、不老林とか、中国の「いちまるなんとか」とか・・・。
 (そういえば、中国出張の時に北京の免税店で買って誰かにプレゼントしたような気もする)
 私はポーラのグローイングショットエスというのを使っている。
 大阪にいたときからだから、かれこれ10年ぐらいになるだろうか。
 10年も使っていて・・・というのは、効果がないということかというと、そうではない(と思う)。
 ある時期は少しましになってきて、あっ、効果あるじゃん、と思ったときもあり、またあるときはどんどん薄くなっていくので、効果ないなあと思っていたが、そのときの職場環境のストレスたるや、薬の効果をはるかに上回るものであったりするのである。
 ここ2年ほどは、ほとんどつける暇がないくらいにせわしなかった(忙しかった)。
 ではあるが、ようやく、少し人間らしい生活になってきたのか、先月ぐらいから、ちゃんと風呂上りにつける数十秒ができてきた。
 その数十秒、あるとないとでは大違いなんだ・・・ろうと思う。たぶん。
 気分的には頭頂が少し、サハラ状態からステップ状態になったような気がしている。
 たぶん気のせいだが、その気のせいが大事なんだ。
 ホントは朝1回、夜風呂上りに1回つけることになっているが、今までは1ヶ月に2、3回しかつけることができず、まあ、意味ないじゃん、という感じだったが、1週間に3,4回つけることができている今はいい状態だ。
 この調子で増えたらいいなと思う。
 髪は長い友達だから・・・。
 

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仕事は優先順位をつけて、そして読書を

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 最近かなり忙しくなってきた。
 前ほど(毎晩終電や徹夜や休日終日仕事というほど)ではないが、かなりバタバタしている。
 休日は自分や家族のために使える時間、と思っていたが、翌週の準備やら前の週に終わらなかった仕事の整理やらで、なかなか自己啓発などもできない。
 ここ2ヶ月ほど、やたら本を買い込んだ。
 読む時間ができるだろうと思ったからである。
 しばらく資格取得の試験も受けなくていい状態になったからだし、8月頃から10月末まで、資格試験のオンパレードでストレスが溜まり、読書に植えていたことが原因だ。
 大前研一、副島隆彦、長谷川慶太郎、勝間和代、木村剛など有名どころのビジネス書、金融関係の中村中、神谷秀樹、吉岡憲章、島田卓、エリヤフ・ゴールドラット、蓮池さんのサムスン本など、優に20冊は超えている。買った本も読んでいないのに、その上図書館に行ってリチャード・クーやらポール・クルーグマンやらを5冊も借りてきてしまった。
 書店に行くとついつい小説も買ってしまっている。
 それらを、合わせて速読術やら記憶術やらのノウハウを習得して一気に読み倒してやろう、と思っていたが、ここのところの仕事の忙しさにかまけて、気合倒れになっている。
 う~ん、ちょっとストレスが溜まりつつある。
 こういうときは、仕事の優先順位をつけて、ばさばさっとやらねばならない。
 じきに年賀状をせっせと書かなくてはならないときが来る。

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美しい星空

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 今頃の季節になると、星空が大変美しい。
 富山の冬の夜なので、普通は曇っていて夜空など見えないのだが、時々今日のようによく澄んで晴れ渡っていることがある。
 空気の密度が薄いので、遠くまでよく見える。
 私のような近視の乱視の老眼父ちゃんでも、まばゆいばかりにオリオン座や北斗七星が見える。
 毎晩終電で帰ってきたとき、自宅近くになってふと空を見上げると、なんとも言えない満天の星が見えて、清々しい気持ちになったものだ。
 星空を見上げるのに、別に終電で帰る必要はないのだが、当時はそれが数少ないほっと一息つく瞬間であった。
 今日、久しぶりに夜空を見上げたが、変わらぬ美しい星々が輝いている。
 心が洗われる感じがする。
 あったかければずーっと眺めていたいのだが、仕事もあるしちょっと寒いので、また夏に楽しむこととしよう。
 それにしても、今日は立山連峰もすっかり雪景色の巨大な屏風になって青空の下、我々の前に迫ってきており、なんとも良い見晴らしの一日であった。
 さ、明日からまたがんばろう。

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