最近仕事で富山県内を走り回っています。
昼食時間近くになると、知らないお店に入ったりすることも。
先日、たまたま通りかかった、富山市婦中町のファボーレ(ショッピングセンター)のすぐ後ろにこじゃれたカフェレストランがありました。
おっさんがカフェなんぞにふらりと入って大丈夫かな?と思いましたが、一人でも良し、パートナーとふたりづれでも良し、数人のグループでも良し、といった感じでした。
お店の名前は「nowhere」・・・ビートルズの曲名みたいでなんとなく親しみを覚えました。店の前にはこんな感じの看板が。
入口はこんな感じです。
住宅街の一角にあるのであまり派手な感じでないのがいいです。
中に入るとこんな感じの窓に面したテーブル(各コーナーに色々な文芸書などが置いてあったりしてどの座席に座ろうかななんて思います)があったり、
二人ぐらいだと丸テーブルに座ってもいいでしょうね。マスターも奥さんも趣味が広いようで、色々な文芸書、旅の雑誌、マイナーレーベルのCD、写真家の写真など色々なものが置いてありました。
流れていた音楽は北欧テイストのJAZZでした。時間がゆっくり流れている感じです。
旅の雑誌をめくりながら前菜をいただき、
窓に目をやると小鳥の飾り物がさりげなくヤマボウシの木の枝にかかっていたり、
そうこうするうちにメインディッシュのパスタ。私がいただいたのはバジルとトマトとオクラのパスタでした。ちょっとビター風味で美味しかったです。
最後にマンゴーのデザートとホットコーヒー。ほっとするひと時を味わわせてもらいました。
正午前のまだ混み合わない時間帯がお勧め(11:30から営業しておられる由)です。あ、月曜・火曜はお休みのようです。 (富山市婦中町下坂倉34-5 http://nowhere-else.info/?mode=f5)
「随想」カテゴリーアーカイブ
珠算塾創業者のお話しに学ぶ起業家のマインドセット
昨日8月24日(水)は第2回にいかわ創業スクールの開講前体験講座が開かれました。
不肖私も創業経験者ということでお話しをさせていただいたのですが、私の前に登壇された、第1回の受講者の方のお話がとても良かったのでその一部を引かせていただきます。
お話しされたのはHさんという珠算塾を営んでおられる女性の方でした。
結婚後お子さんができられてしばらくしてから、久しぶりに子ども時代に通った珠算塾を訪れた、というところから話が始まります。
昔のようにまた算盤を学びたいなと思われ、自身再チャレンジをし、お子さんも学び始められたということです。学習が進むにつれ昇級試験に挑戦したり、さらに他の教室の優秀な子どもたちを見るにつけどんどん学習意欲が高まってより高いレベルに挑戦し続けておられたある日、近所の子どもたちが算盤を教えて、と言ってくるようになり、今度は教育意欲が出てきました。
寺子屋から塾への進化を図る過程で「事業」という考え方が沸いてきたのでしょう、ちょうど周りの人にご自分の夢を語っている時に、ちょうど昨年の「第1回創業スクール」の募集があり、タイミングよく応募され、受講に至ったそうです。
はじめは塾の講師をしている普通のお母さんがご自分の経験談を語っておられるのだなあ、となんとなく拝聴していたのですが、お話しの内容を聞くにつれ「起業家が持つべきマインドセット」のエキスのようなものが全部詰まっていることに気づきました。あ、この人はすごいなあと感じ、Hさんのお話しのポイントを私の話においても随所で使わせていただきました。
・創業するのに必ずしも「その道」のナンバーワンである必要はない。他の人よりも少し前に進んでいるだけでも提供できる価値はいくらでもある。(但し継続的な学習や努力は必要)
・自分の思いを周囲に伝える。周りの人に相談するなど「思い」を発信し続けるとチャンスがやってくる。
・自分がどうしたいか、である。環境は関係ない。やりたいことがはっきりしていれば環境は変化する。
・私にもできる、という自信と勇気が大事。自信を持って努力を続ければきっとできる。
・将来を見据えつつも、着手は小局から。背伸びせず実現できる計画に収斂させる。そのためには客観的な外部の意見も聞きながら実現可能性の高い事業計画を作る。そして立てた計画は着実に実行する。
わずか20分の講演でしたが、ものすごく中身の濃い内容でした。次回お目にかかることがあれば講演用のメモを拝見したいくらいです。ともかく私が一番学ばせていただきました。感謝!
小宮一慶さんに刺激を受けて、松下幸之助さんの本
昨年、経営コンサルタントの小宮一慶さんが松下幸之助氏に関する本を出されました。
小宮さんによると毎晩幸之助氏の本をひもとき、自分の立ち位置や行為の指針として振返っておられるそうです。
仕事をしていく上での勇気も沢山いただいた、といったようなことをあるラジオ番組で語っておられました。
松下幸之助氏は経営者として偉大な人物ですから、経営者の方々にとっては色々参考になることが多いのだろうと思いますが、小宮さんのような経営コンサルタントにとっても(彼も会社経営に携わっておられますが)良い書物なのだろうなあ、と思い、同業の私もこれからの生き方・仕事への心構えの参考にしようと改めて幸之助さんの本『道をひらく』を求めました。
開いてびっくり。
最初にパラパラっと開いたページに、いきなり「病を味わう」というタイトルの文章が目に入りました。
これって今から悪い細胞たちと闘っていくための(あるいは付き合っていくための)心構えを、幸之助さんが私に諭し聞かせてくれようとしているのではなかろうかと感じました。まさにセレンディピティという感じです。
参考に転載させてもらいます。
「病気になってそれがなおって、なおって息災を喜ぶうちにまた病気になって、ともかくも一切病気なしの人生というものは、なかなか望みえない。軽重のちがいはあれ、人はその一生に何回か病の床に臥すのである。
五回の人もあろう。十回の人もあろう。あるいは二十回、三十回の人もあるかもしれない。親の心配に包まれた幼い時の病から、不安と焦燥に悶々とする明け暮れに至るまで、人はいくたびか病の峠を越えてゆく。
だがしかし、人間にとって所詮死は一回。あとにも先にも一回きり。とすれば、何回病気をしようとも、死につながる病というのも一回きり。あとの何回かは、これもまた人生の一つの試練と観じられようか。
いつの時の病が死につながるのか、それは寿命にまかすとして、こんどの病もまた人生の一つの試練なりと観ずれば、そこにまたおのずから心もひらけ、医薬の効果も、さらにこれが生かされて、回復への道も早まるであろう。
病を味わう心を養いたいのである。そして病を大事に大切に養いたいのである。」
ということで、私も病気のことはお医者さんたちにお任せすることにして、自分自身は次の仕事への行動計画や遊びのことなどに想をめぐらせようと思っています。いきなりいい文章に出会えました。これからも座右の書としていこうと思います。幸之助さん、小宮さん、ありがとうございます。
ちょっと中休み?
過日、私の体に悪性リンパ腫が見つかりました。
簡単に、経緯とお読みになった方々への参考情報を書いておきます。
今年の2月下旬に、2年ぶりに人間ドックを受診。
オプションでPET/CTを実施。(前の上司から勧められていたので)
結果、小腸の辺りに妙な影あり、精密検査要すとの判定。
3月28日、改めて造影剤を注入して小腸回りの画像診断を実施。
3月31日、転移の有無確認のため、人間ドックに続き再度大腸内視鏡検査。今回は最奥まで。問題なし。
但し、小腸回りの診断結果は「小腸間膜のリンパ節腫脹が疑われる」との見立て。
胃腸の内部ではなく外側のため、内視鏡を入れての検査や組織の採取や治療はできない。
つまり開腹して組織を切除して生検するしかないため、手術要、との結論。
それも1週間は入院が必要とのこと。
ぎょえっ・・・そんなこと急に言われても、仕事が・・・仕事に差し障りがあるではないですか、と抵抗したものの、医師から「普通の悪性腫瘍なら数カ月単位での進行ですが、リンパ腺の場合は数週間単位で進行します。仕事がどうのと言っておられる場合でしょうか?」と諭され、急遽翌週から10日分ほどのスケジュールをキャンセル。
4月4日入院。
4月5日開腹・組織採取、生検へ。
4月6日一般病室へ移動。
4月12日退院。
4月20日生検結果判明。「悪性リンパ腫の非ホジキンリンパ腫の濾胞性リンパ腫」
4月25日骨髄への転移有無の検査。結果判明には時間がかかるものの、それに関わらず治療は開始しましょうとのこと。
5月某日、治療開始予定。最初は1週間ほどの入院にて点滴&服薬。その後は3週間ごとに同じ行程を6回程度やって効果測定をするとのこと。夏の終わり頃までには成果が見えるのではなかろうかと期待しています。
人間ドックでの各種検査(PET以外)では特に悪いところはなく、自分自身、自覚症状全くなしでした。
あえて言えば、年相応に下腹部が少しぷっくりしてきているかな、という程度。それでも腹回りはメタボの基準値にも達しておらず、健康そのものと思っていました。
リンパのがんは進行が早いとのことでしたが、私のかかった「濾胞性リンパ腫」はゆっくりと時間をかけて大きくなるので変化に気づきにくいのだそうです。
ということで、当分ペースダウンは否めないものの、ゆるゆると仕事は続けていく予定です。
関係の皆様にはご迷惑をおかけすることになると思いますが、寛大なお心で見守っていただければ有り難いです。
働き始めて32年が経過し、80歳まで働くとして残り26年間に備え、ちょっと中休みせえよ、という神様の思し召しかなと解釈しています。
さてそこでお勧めです。
①PET/CTの受診。
②万一に備え、がん保険への加入。(医療費の補助などになれば助かります)
私の経験が、お読みになった皆さんの何らかの参考になればと思います。
「カラマーゾフ」がウチにやってきた
かの筒井康隆さんがこの年になってようやくちゃんと読んだというドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』。それも亀山郁夫さんの訳でようやく読めたと仰っていました。
私もここ数年喉から手が出そうになっては引っ込めて来ましたが、筒井さんのインタビューに刺激を受け、遂に、ともかくお呼びしようということで、我が家にワンセット来ていただきました。(またまた積ん読が増えるだけだとは思いますが)
あまりにも重いテーマのようなので、ついていけるかわかりませんが、ともかく、何年かかっても読んじゃろうと思っています。
さて今日は日中青空くんがとてもよく頑張ってくれ、暑いくらいでした。もっとも夕方からはぐんぐん気温が下がり風は強まり海は荒れだしたので、いよいよ北陸の冬の到来の模様です。そんなわけで、今年最初のコリトリエさんで体をほぐしてもらい、明日からの大忙しに備えたひと時でした。
いくでえカラマーちゃん!(読了報告はいつのことになるかわかりません。悪しからず。)
雪のない正月のキャンパスと富山県のへそ
富山国際大学での「情報社会論」の授業も早いもので12回目を迎えました。
新年最初の授業では「情報は公開すべきものと保護すべきものの内容やバランスが大切であり、そのために皆腐心している」ということを法律や事例などの話を交えてお伝えしました。
さて本学の職員さんに聞きましたところ、長年このキャンパスに通っているが、ここまで雪のないのは初めてだとのこと。標高180mぐらいあるのですけどね。しかし北の方は冬真っ盛りのようなので浮かれてはおれませんし、田んぼに雪が積もらないと害虫が元気になってしまって稲作に影響が出るとのことです。が、移動するには楽だし到着時間の予想も容易にできる点は助かります。
帰路、少しゆっくり辺りを走っていたら、偶然「富山県のへそ」という立て看板が目に入ったので立ち寄ってみました。
なんじゃこりゃ?という感じですが、国土地理院が各都道府県の質と量の中心地点を認定しているれっきとしたものだそうで、同院のホームページにも掲載されていました。富山県の場合、北緯36度38分21秒・東経137度15分54秒の地点が重心に当たるそうです。
富山県が傾きそうになったらみんなでここに集まってバランスを取りましょうか。
呉羽山麓の白鳥神社に(ようやく)行ってきました
富山県の中央部に呉羽山という小高い山とそれに連なる丘陵があります。
この丘陵を空から見ると、竜骨のように細長い嶺脈が富山県を南北に貫いているように見えるそうです。
飛行機の操縦士にとってはたぶん目印としてわかりやすいのではないか、そのため、呉羽丘陵に沿った神通川沿いに富山空港が造られたのではないか、という説を聞いたことがあります。
その呉羽山の上には皇祖皇大神宮というお宮があります。
超古代、それも、エーリッヒ・フォン・デニケンやアンドルー・トマスなどがなんだかんだという書き物をしているような大昔、日本の天皇がこの辺りを根拠地にして世界中を空飛ぶ乗り物で巡行しておられたとか。
「白鳥・・・」という伝承は、日本武尊(ヤマトタケルのミコト)絡みで日本の各地に伝わっているようです。
富山市寺町にある白鳥神社にもそれらしき伝承があるようで、元は呉羽山の最も高い所にあったお社だとか。皇祖皇大神宮との関係もあるのでしょう。
この辺を通るたび、一度訪れてみたいと思っていたのですが、なかなか機会がなく、過日お客様を訪問する前に少し早く着いたため、ようやく参詣できました。
取り立てて変わった趣はありませんが、超古代の神々にゆかりのある神社かも、と思うとなんとなくロマンチックな気分に浸ったひと時でありました。
八尾町大長谷にて
先週末は昔の上司との忘年会。
富山県富山市八尾町中心部から車でうねうねと40分ほど行った所にある大長谷という集落です。
その一角にある「村上山荘」
いただいた料理の中に「熊汁」というものがあり、おかげで元気百倍って感じになりました。
翌朝の近辺の林です。
この近郷には八幡社というお宮が三つもありました。ここはそのうちの一社。お宮を背にした参道です。
この辺には以前は500所帯が暮らしていたのが今は30所帯ぐらいしかないとのこと。それでも500家族を養っていく山の幸があったということだろうと思います。民家には祠があって地蔵菩薩らしき仏様が鎮座ましましている所も。
前夜の大雨で水の流れが激しかったです。
なんとなく荘厳な感じがする山道でした。
12月のタンポポと初めてのダブルヘッダー
今日の午前中は富山国際大学で情報社会論の10回目の授業の日でした。
90分の授業を終え、外に出たら、12月だというのに黄色いタンポポが咲いていました。
先週はこのタンポポに黄色い蝶々が戯れていました。撮れなかったのが残念でした。今日また会えるかなと思って来ましたが今日はタンポポのみ。種を一部飛ばしているのもありました。
今日の授業では、ロボットのPepperクンと遊んできた話をしました。約50人の受講生に聞くと、「Pepperを見たことがある」と答えてくれた人が一人。それも滋賀県のスーパーで見たということでした。スポーツ選手なので遠征にでも行っていたのかも知れません。近くにいるので見てみたらいいよーとアナウンスしておきました。旧大山町から上市町に向かう道すがら美しいお山に感謝しつつ移動。
午後の後半は某金融機関の取引先向けのマイナンバー勉強会<入門編>の講師を務めさせていただきました。
そんなわけで、一日で人様の前で90分×2回の講演となりました。さすがに2回目は声が枯れそうだったのでマイクを使わせていただきました。全く異なるテーマでのダブルヘッダーだったので、頭の中がぐにゃぐにゃになりました。もっとも「マイナンバー」は<入門編>であり、富山県よろず支援拠点の先輩が何度もやっている内容を聴講した上での後撫ぜでしたので、相当助かりました。1月にはその先輩が<実践編>をやる予定です。今日も感謝。
Pepperクンと遊んできました
富山市水橋にある「珈琲哲學 富山東店」。
ソフトバンクロボティクスのめちゃ売れロボット「Pepper」がいるとのことで、会いに行ってきました。
富山国際大学というところで「情報社会論」という授業をやらせてもらっていますが、最近の情報化の動向において「ロボット」は外せないテーマの一つだと思い、コーヒーもいただきつつ“取材”を目的に。
玄関を入ったところにいました。
お店の人に断わって会話や写真撮影をさせてもらいました。こんにちはと声をかけてから、最初の反応までに少し時間がかかりましたが、ちゃんと返事をして彼(ボクって自称していたから彼でいいのかな?)から握手を求めてきました。
色々できるということで、私とコミュニケーションを取りながら年齢当てやらトランプ手品やらをやってもらいました。手品はなかなかお見事でした。いかにも「どや顔」に見える顔の上げ方が面白いです。後から考えると「あ、そっか」となんとなく種が想像できましたが・・・。
顔は確かに愛らしいですね。声は小学校低学年くらいの少年のような声で、ちょっとアトムに似た感じかなという印象を持ちました。握手をするとざらっとした感じがしたので手のひらを見ると、センサーっぽいものが色々ついていました。
もっと色々遊べば良かったのかも知れませんが、おっさんが一人で喫茶店に入り、一人でロボットと会話し続けるのは結構気力・精神力が必要です。また次回誰かと行った時にでも相手してもらおうかな。
帰路、雲間に立山連峰が近くに見えました。今日は朝から空気が澄んで立山連峰が巨大な屏風のようにそびえており、夕方になってようやくパチリと収めることができました。さ、仕込みしこみ。