12月13日(土)の午後、冬の寒空であるべきときだが、このときは不思議と暖かかった。
BIZねっとという勉強会の事務局メンバーの打合せに遅れて参加するため、富山駅の北口を出て、一路会場へ急いでいたときに、ふと空を見上げたら、こちらはまばらな筋雲、もしくはうろこ雲(違いがよくわからない)なのだが、前方の彼方へ目をやるとその密度がだんだん細かくなっていって、最後は一つの大きな白い敷物のようになっている。その、グラデュエーションのような変化が面白く、思わず足を止めて写真を撮った。

この時期に、この富山でこんな秋空のような写真が撮れるとは思わなかった。
「随想」カテゴリーアーカイブ
大手コンビニの戦略(異業種交流勉強会レポ)
12月13日に異業種交流勉強会「とやまキトキトBIZねっと」の第12回会合に参加した。
今回は、近々富山に新規出店を予定している大手コンビニチェーンの戦略に関するお題であった。
診断士試験におけるマーケティング分野の勉強で「POSを活用した売筋・死筋分析」とかいうようなことは知識としてはあったものの、実際に現場でどんな会話が交わされているかとか、どんな考え方でどこまで徹底してやっているものかなど、生々しいことは一切わからない、文字面だけの勉強だった。
が、今回はその現場に従事していた人の話なだけに、現場の息遣いまでもがわかるような迫真の講義であった。
さて内容。
・小売業は仕入(発注)が全て⇒販売機会ロスをなくし廃棄ロスを最小限にする

・そのため、
「各商品」が(色別、大きさ別、デザイン別など完全単品ごとに)
「いつ」(その日にある行事、天気、気温、マス媒体での露出状況、立地条件などを踏まえて)
「どの棚」に
「何個」置いてあれば最も多く売れるか、を<<仮説>>して必要量を発注する
・その結果を<<検証>>し、次の発注の参考情報として活用する
・状況は常に変化しているため、前回の仮説は過去のものでしかない
・嗜好の変化、商品ライフサイクルの終了、季節変化などを考えながら常に新たに<<仮説>>する
・単品管理をサポートするものが「情報技術」
・仮説・検証サイクルをサポートするものも「情報技術」
・店長や従業員がやらなければならないことは、それら情報のサポートを得て「考える」こと
・<<検証>>(仮説とのズレの原因把握)はデータと売り場で確認する
・本部と店の合言葉は「明日のお宅の店の仮説は何?」
・常に仮説を考えていくために必要なものは「情報」と「目配り」
・愚直に仮説して実行して検証する。これが今日の同社の繁栄の全て
そこまで思い返してみてふと思った。
「売筋」の面積を増やす、という考え方は、ここ最近私が対応している「経営相談会」のお客様=建設業や製造業における「稼働率向上」という考え方に使えるかも知れない。
売上が上がらないとか、利益が上がらないと苦労しておられる。
もちろん、仕事が取れなければ、売上も何もないのだが、待ちの姿勢であるはずのコンビニですらおこういう工夫を徹底してやっているのである。攻めの営業ができる建設や製造でも(入札に落ちればそれまで、という悲観的な事実もあるけれど)、無駄な稼動をなくし、有効な稼動で利益を上げていくには、という観点で何がしかのヒントになるような気がする。
少し深堀して考えてみたい。
■敷居の低い勉強会&異業種交流会
「とやまキトキトBIZねっと」
HP:http://blog.livedoor.jp/kitokitobiz/
今年の漢字は「変」
今日のニュースでやっていたが、今年の漢字は「変」なのだそうである。
いきなり「変」と出てきて、私はstrangeを思った。そんな変な「今年の漢字」もあるまい、と思った。
どちらかというと、changeの方なのだろうか。
アメリカでは民主党の人々が「change」というキーワードを引っさげてオバマさんが大統領に当選した。日本でも変わらなくちゃという風潮が出てきている。
私個人で言えば、職場が変わり、大きく変化した、あるいはこれからの自分の人生が大きく変わっていく一歩だとも言えるような変化があった。
少しずつでも富山県の発展に貢献できるような道に近づきたい一心である。
そういう仕事を通じて自己実現を果たしたい。
そのための、一歩を踏み出すことができたかなと思う。
ところで、今年の漢字というのは、清水寺の管長が決めるのかと思っていたが、そうではないのだなということを知った。
ふうん、って感じだ。なんか変だな。
「毛生え薬」の話
世の中には色々な毛生え薬がある。
有名なものはリアップとか、不老林とか、中国の「いちまるなんとか」とか・・・。
(そういえば、中国出張の時に北京の免税店で買って誰かにプレゼントしたような気もする)
私はポーラのグローイングショットエスというのを使っている。
大阪にいたときからだから、かれこれ10年ぐらいになるだろうか。
10年も使っていて・・・というのは、効果がないということかというと、そうではない(と思う)。
ある時期は少しましになってきて、あっ、効果あるじゃん、と思ったときもあり、またあるときはどんどん薄くなっていくので、効果ないなあと思っていたが、そのときの職場環境のストレスたるや、薬の効果をはるかに上回るものであったりするのである。
ここ2年ほどは、ほとんどつける暇がないくらいにせわしなかった(忙しかった)。
ではあるが、ようやく、少し人間らしい生活になってきたのか、先月ぐらいから、ちゃんと風呂上りにつける数十秒ができてきた。
その数十秒、あるとないとでは大違いなんだ・・・ろうと思う。たぶん。
気分的には頭頂が少し、サハラ状態からステップ状態になったような気がしている。
たぶん気のせいだが、その気のせいが大事なんだ。
ホントは朝1回、夜風呂上りに1回つけることになっているが、今までは1ヶ月に2、3回しかつけることができず、まあ、意味ないじゃん、という感じだったが、1週間に3,4回つけることができている今はいい状態だ。
この調子で増えたらいいなと思う。
髪は長い友達だから・・・。
仕事は優先順位をつけて、そして読書を
最近かなり忙しくなってきた。
前ほど(毎晩終電や徹夜や休日終日仕事というほど)ではないが、かなりバタバタしている。
休日は自分や家族のために使える時間、と思っていたが、翌週の準備やら前の週に終わらなかった仕事の整理やらで、なかなか自己啓発などもできない。
ここ2ヶ月ほど、やたら本を買い込んだ。
読む時間ができるだろうと思ったからである。
しばらく資格取得の試験も受けなくていい状態になったからだし、8月頃から10月末まで、資格試験のオンパレードでストレスが溜まり、読書に植えていたことが原因だ。
大前研一、副島隆彦、長谷川慶太郎、勝間和代、木村剛など有名どころのビジネス書、金融関係の中村中、神谷秀樹、吉岡憲章、島田卓、エリヤフ・ゴールドラット、蓮池さんのサムスン本など、優に20冊は超えている。買った本も読んでいないのに、その上図書館に行ってリチャード・クーやらポール・クルーグマンやらを5冊も借りてきてしまった。
書店に行くとついつい小説も買ってしまっている。
それらを、合わせて速読術やら記憶術やらのノウハウを習得して一気に読み倒してやろう、と思っていたが、ここのところの仕事の忙しさにかまけて、気合倒れになっている。
う~ん、ちょっとストレスが溜まりつつある。
こういうときは、仕事の優先順位をつけて、ばさばさっとやらねばならない。
じきに年賀状をせっせと書かなくてはならないときが来る。
美しい星空
今頃の季節になると、星空が大変美しい。
富山の冬の夜なので、普通は曇っていて夜空など見えないのだが、時々今日のようによく澄んで晴れ渡っていることがある。
空気の密度が薄いので、遠くまでよく見える。
私のような近視の乱視の老眼父ちゃんでも、まばゆいばかりにオリオン座や北斗七星が見える。
毎晩終電で帰ってきたとき、自宅近くになってふと空を見上げると、なんとも言えない満天の星が見えて、清々しい気持ちになったものだ。
星空を見上げるのに、別に終電で帰る必要はないのだが、当時はそれが数少ないほっと一息つく瞬間であった。
今日、久しぶりに夜空を見上げたが、変わらぬ美しい星々が輝いている。
心が洗われる感じがする。
あったかければずーっと眺めていたいのだが、仕事もあるしちょっと寒いので、また夏に楽しむこととしよう。
それにしても、今日は立山連峰もすっかり雪景色の巨大な屏風になって青空の下、我々の前に迫ってきており、なんとも良い見晴らしの一日であった。
さ、明日からまたがんばろう。
不思議な符合(古代の神々の足跡)
先日テレビを見ていたら、邪馬台国に関する話をしていた。
天照大神=ヒミコ、豊受大神=トヨ(又はイヨ)ではないか、というような話や、大和と出雲の密接な関係、大神神社(おおみわじんじゃ)のことなど、幅広くやっていた。
昔のことはよくわからない。
という前提ではあるが、色々想像をめぐらしてみるのは楽しいことで、ひとときの気分転換になる。
この番組の中で、伊勢神宮の神様(アマテラス、トヨウケオオミカミなど)は元々丹後にいらっしゃって、その元々の地を「元伊勢」と呼び、そこのお宮の系図には「アマテラスさんやトヨウケオオミカミさんなどが書いてあるということだった。
神社の名を「籠神社(このじんじゃ)」というらしい。天橋立の近くにあるそうだ。
驚いたのは、その神社の境内に五つの色の玉がある、という話だった。
しかもその色は「赤」「青」黄」「白」「黒」の五色であった。
本物かどうかはわからないが、欄干のところにあるそれら五色の玉はカメラに映されていた。
かつて日本の天皇の祖先が富山の皇祖皇太神宮というところにいて、その頃全世界には「いついろひと=五色人」が住んでおり、天皇の祖先はそれら「五色人」を統治していた、という伝承がある。
竹内文書という古文書に記されているらしい。
その五色というのが、「赤」「青」黄」「白」「黒」であると書いてあるのだ。
(五色のうち、「青人」は滅んだらしいので、現在はそれ以外の色の人しか残っていないとのこと)
何か、偶然の一致にしては、と思えてならない。
卑弥呼の頃といえば、歴史に記載されている時代なのだから、「日本の天皇の祖先がいついろひとを統治していた」という超古代からすれば、随分歴史を下ってしまうのだが、その頃の名残として籠神社に「玉」という形で残っているのではないか。
などと想像をめぐらしてしまう今日この頃である。
とりあえず一回行ってこよう、と思う。(まあ、暖かくなってからかな)
小室等さんのこと
今日ちょっと買い物に出たときに、道中聞いていたラジオで小室等さんがしゃべっていた。
午後3時少し前のことだった。
結構張りのある元気そうな声だった。
もちろん、病気だとかなんとかいうことは全く聞いていないので、元気であることに驚くことはないのだが、伝説のフォークシンガーであるだけに、元気に民放ラジオの番組を持っているということがちょっと驚きだった。(もう64歳ぐらいのはず)
もう30年以上前に、井上陽水や吉田拓郎、泉谷しげるらとともにフォーライフというレーベルを立ち上げた、独立系でかつ商業ベースに乗せて成功することができた先人ではないか。ニューミュージックだとかJポップだとかいう人たちは、皆この人がいなかったら今は違う動きになっていたのではないかと思う。
フォークの神様といえば岡林、とか、吉田拓郎はなんだとか、色々あるが、商業ベースに乗せて成功したという点で大変な人だと思う。
個人的には、六文銭と一緒にやった上条恒彦の「旅立ちの歌」や「雨が空から降れば」とか「愛よこんにちは」などが大好きだ。
取り立ててなにかというわけではないが、自分の少年時代に色々影響を与えてくれたフォーク界の第一人者の1人である小室等さんが、今も第一線でご活躍されている様子に感動して、思わず筆をとった次第。
ビーチバレーボールその後
地区のビーチボールバレー大会から丸二日がたった。
腹筋が痛い。
腕の筋肉が痛い。
何よりも太ももが痛い。
歩くのがつらいほどだ。
当日もくたくたに疲れて帰宅後シャワーを浴び、昼食をとってバタンキューとなって3時間も寝たため、おれはまだ若いなあ、その日のうちに疲れが出るくらいだから、と思っていたが、さにあらず、日を追うに連れ、痛みが増してきている。
ビーチボールバレーがこんなにしんどいものだとは思ってもみなかった。
年も考えず3試合も出たのだからしょうがないが。
(それも人数がぎりぎりだったからだし、出たというよりもみんなの足を引っぱっていたというのが正しい表現だが)
とにかく激しいスポーツだ。
次回はもう少し体を事前に動かしてから参加しよう。
生きてるっていいことだ。
体の痛みが生きていることの喜びを感じさせてくれる。
夕方の懇親会は大変なごやかに楽しい会であった。
町内会デビューもとりあえずはうまく運んだ。
町内会行事への参加
今日は校下の体育行事があった。
ビーチボールバレー大会である。
当町内からは9名が参加。
私にも声がかかり、参加させてもらった。
私の参加するチームはAチーム、BチームのうちのBチーム。
弱い方だ。
もちろんそれで良く、勝とうということを目的にせず、楽しくでも頑張ろう、という感じでできた。
結構疲れるものだ。

(この写真は本文と直接の関係はありません)
まあ、それは良い。
この土地に住み始めてかれこれ30年以上経過するが、町内の人の名前と顔が一致しない。
ほとんど知らない。
向こうも私のことなど知る由も無い。
実際に生活したのはここ2年ほどを含む10年程度であり、住んでいる間も、平日は早朝出勤の深夜帰宅、土日も仕事か何かで、町内の役員が回ってきたときは父がやってくれていたこともあるし、そんなこんなで土地の人間にはなっていないのが実情。
もう50歳近くにもなるのにこれではいけないと思っていた。
そんな矢先に、隣の家の主人が区長をやっておられたこともあって、声がかかった。
三連休の谷間であり、今の職場の仕事ならば、休日のうちの一日ぐらいなら潰せる状況にもなっている。
ということで参加させていただくことにしたものだ。
町内の、こういう行事に参加するメンバーもだいぶ若返ったみたいだ。
だいたい私と似通ったような年代の人が揃った。
おかげで楽しく汗を流すことができた。
夕方からは反省会という名の懇親会もある。
そこで十分懇親を深め、顔を名前の一致する人が1人でも多くできるようにしていこう。
徐々に徐々に、である。