ポッドキャストにはまっている。
日経系の色んな番組をずっと聞いてきたが、最近新しい知的刺激を見つけて喜んでいる。
<通勤立読み『ブックラリー2009』>というものである。
これがなかなかいい。
ベストセラー本やそうではないが知的生産性を高められるような刺激的な本を次々と扱い、内容の紹介や著者自身による解説などを20分くらいかけてやっている。
大変面白く、毎朝・毎夕の通勤の中の徒歩の時間帯に聞いている。
ためになる。
本を読んだ気になる。
実際に本を読む時の地理を頭に入れた読み方ができる。
など、実に便利だ。
「随想」カテゴリーアーカイブ
昼は国宝を見、夜は電気自動車の番組を見た
長男の通う大学に行ってきた。
1年生からやっているゼミの指導教授との個別懇談というものである。
それが終わってから、富山県水墨美術館で「日本の美 国宝との出会い」という京都国立博物館所蔵品の展示を見た。
いやあ、素晴らしいものだった。
なんたって、普段は、京都国立博物館でも展示していない、ほんまもんの国宝の数々である。
足利尊氏、と言われている「騎馬武者像」とか、柿本人麻呂の肖像画とか、雪舟の水墨画とか、まあ教科書でしか見られないものばかり。
中でも感激したのは、空海の「金剛般若経開題残巻」というもので、あの空海の「下書き」めいた書であり、ところどころ、書き直し、上書き、訂正などがあり、そういうものが残っていることが空海らしい愛嬌だなと勝手に思い、一人ニンマリとしてしまった。
ともかく、日本の宝の数々を間近で見られたというのはなかなか得がたい体験であり、ありがたかった。よくぞやってくれました。(11月8日まで)
夜はNHKスペシャルの「自動車革命 第一部」を見た。
トヨタを中心とした自動車産業の革命的な変化のレポートだ。
いくつか、気になるキーワードを。
・電気自動車では部品点数は3万点から1万点に減少。
・部品メーカーはこれまでとは異なる業種ヘシフト&減少。
・アメリカのテスラという電気自動車メーカーの参入。ロードスターという車。(価格は1000万円、1回の充電で約350キロメートル走行)
・中国の農家で電気自動車が作り始められている。
・さびない磁石。広島県大竹市にある「戸田工業株」という会社とアイシン精機。
関連ニュース
・中国のBYDという新興自動車メーカー。電気自動車。ウォーレン・バフェット氏が200億円以上を投資し、株価は1年で8倍に。
さて、トヨタはこれからもナンバーワンの地位を維持できるか。
電気自動車が、組み立て型で誰にでも簡単に作れるものだとすると、中国やインドなどの新興国が人海戦術でやってくると、一気に安くて軽くて低公害(無公害?)の車が攻めてくる。
部品メーカーもどんどん淘汰される可能性がある。
そうなると我が国の経済はどうなるか。
やはり革新的なものを作っていくしかないのだろうけど、大変だ、と思う。
来週の「第二部」も目が離せない。
加藤和彦さんの死の報に接して
今日の朝刊で加藤和彦さんの死を知った。
自殺であろうとのこと。
62歳。
まだ若い。
私が最初にこの人の音楽に接したのは、確か小学校の5年生の頃か。
従姉の部屋でサディスティックミカバンドの「タイムマシーンにお願い」の入った「黒船」というLPレコードを聞いたときだったと思う。
もう40年ほど前になる。
「あの素晴らしい愛をもう一度」を聞いたのは、その後である。
作られたのがどっちが先だかは知らない。
フォークを聞いてからロックを聞く、というのが順序だとしたら、私の場合は、この小学校の時の強烈な音楽体験があったために、一瞬普通とは逆の道筋を通ってしまっている。
従姉は当時中2ぐらいだったろうか。
彼女の年齢からすれば、そういう音楽を聞いても不思議はないが、魚津という田舎町の普通の中2の女子生徒が聞く音楽とすれば、今から考えてもちょっと先進的というかとんがっているというか、いい感性してるじゃん、と思う。
その薫陶を受けた割には、「タイムマシーン」以外の曲は「変な音楽だなあ」と思ってしまい、それ以上にはならなかった。
でも、ミカさんのあの狂おしいほどに透きとおった声は、ずっと耳から離れなかった。
その後、ヨーロッパ三部作と言われる一連のアルバムでまたヒットを飛ばしたり、安井かずみさんとの夫婦生活を著した本など、素敵な生活を送っておられるなあと憧れを持って加藤さんの仕事や人生を眺めてきた。
ヨーロッパ三部作では「ケスラー博士の忙しい週末」や「トロカデロ」という曲が大好きだ。
エレガントという表現がいいのか、スタイリッシュという言い方がいいのか、繊細、優雅、心地よいメロディライン・・・。
とにかくかっこいい。
そんな加藤和彦さんが亡くなったのはかえすがえすも寂しいことだ。
木村カエラを迎えて第三のミカバンドを結成したと新聞記事には書いてあった。
第二のミカバンドのアルバムも買ったが、第三でまた「タイムマシーン」や「どんたく」をやっているのなら、是非聞きたいと思う。
軽井沢で首を吊っていたとのこと。
何年か前に先立たれた安井かずみ夫人との思い出の場所ででもあったのだろうか。
安井かずみさんがおられなくなって、すっかり寂しくなっておられたのかも知れない。
だからと言って、自殺だとしたら、それは良くない。しかし加藤さんは既にこの世にはいない。
死を悼み、残された音楽(又はその先進性、未来志向)を継いで行こう。
イチジク=浣腸?
先日、大好きなイチジクが大量に皮を向いて冷蔵庫に入っていた。
妻が職場の同僚からいただいたものらしい。
うれしくて3個分ぐらい食べただろうか。
妻いわく、イチジクを食べると通じが良くなる、明日は沢山便通があるかもよ。
初めは冗談かと思っていた。
イチジク浣腸、というくらいだから。
ところがそうではないらしい。
イチジクには通じを良くする効果があるということだ。
冗談だと思っていたが、翌朝の便通の多いこと、軟らかいこと。
次の晩もイチジクをいくつかいただいた。
するとその翌朝もスッキリさわやか便通だった。
しかも色が黒い。
これはもしかしたら、宿便まで取ってくれたのかなあという気がする。
確かに「浣」というのは「洗う」という意味だそうだから・・・。
体も軽い。
ま、あまり食べ過ぎるのも良くないと思うが、イチジクにはたぶん、間違いなく、浣腸効果がありそうだ。
一つ賢くなったぞ。
至福のとき
午前中、少し仕事をする。
昼前に自宅を出、うまいラーメンを食べ、買い物を少々。
スーパー銭湯に入り、人口炭酸泉の湯に15分ほど浸かって体の中の血流を促す。
ゆったりお風呂に入り、血のめぐりが良くなったところで、マッサージを受ける。
日曜の午後のそんな時間の過ごし方・・・。
これを「至福の時」と言わずしてなんと言おうか。
台風18号
台風18号がやってきて、日本に2年ぶりに上陸した。
2年ぶりに上陸ということ自体、不思議な感じがするが、そうなのだろう。
全国で大きな被害をもたらし、亡くなった方もおられるので、大変なことである。
ところで、我が富山県にも少なからぬ被害をもたらした。
JRは始発から一切動かなかったし、あちこちで猛風の被害が発生した。
とは言え、南の方と比べると随分規模の小さな被害だったと思う。
私の傘も壊れてしまったが、吹き飛ばされそうな、といったような恐怖はなかった。
JRは動かなかったが、地方鉄道はごく普通に運転されており、魚津から富山まで通常45分くらいかかるのが、11分遅れただけだった。それも、踏み切り付近で少し減速したから、という程度の理由だ。
富山は不思議なところで、数年前には岐阜方面から立山連峰の背後にやってきて富山平野直撃、という進路で、こちらも相当構えたものだったが、あの時は立山に当たった途端、雲散霧消してしまった、台風が跡形もなくかき消えてしまった、ということがあった。
「日本は神の国」などというどこかの総理大臣が言ったようなことを言うつもりはないが、富山県というところは、霊峰立山に文字通り守られているんだなあという感を強く持ったものである。
さすがにルートの関係か、今回は相当の強風が吹き、私の傘もメキメキっと折れてしまったが・・・。
画家になった担任の先生の話
小学校3年生の時、一年間だけ、氷見市の窪という小学校に通った。
その時の担任の先生はU先生であった。
そのU先生とは、窪小学校から転校した後も、年賀状のやりとりだけはさせていただいた。
ありがたいことだ。
さて、そのU先生から先日個展を開くという案内状をいただいた。
場所は高岡で、今日10月3日(土)が最終日で、その日は先生もいらっしゃるという。
確か、大学の1年生の頃に一度お宅に伺ったのが、お目にかかった最後だから、もう30年ぶりになる。
で、ともかく高岡に行った。
お会いできた。
もう70歳になられるというが、全然そんなふうには見えない。
私も先生のお年は知らなかったので、ビックリ。
このU先生には、大変感謝していることがある。
学校の給食が味なく(おいしくなくて)、何度か残したことがある。
そういうときは、必ず全部食べるまで居残りをさせられ、一番ひどいときは、掃除も終わってみんな帰ってしまい、夕日が落ちる頃まで一人で残っていたこともある。
しかしそのおかげで、それ以降は多少味が薄かろうが、濃かろうが、全然おかまいなしで食べられるようになったし、好き嫌いは一切なくなった。
母もそういうところがあったが、他人の厳しさというのはまた格別身に沁みる。
感謝に耐えない。
たった一年だけのおつきあいだったが、いまだに私の先生である。
「思いは必ず実現するのよ」「だからね、勉強勉強と言うよりも、人間、いかに夢を持って生きていくか、なのよ」と勇気づけられた。(不思議と、そうだそうだ!と確信できた)
いまだに先生と生徒である。
まだまだお元気で、氷見の画家として活躍していただきたい。
帰路、関野神社の大黒様(オオアナムチのミコト)にお参りした。

今はビールが一番うまい時期ではないだろうか
今日あたり、富山県地方は大変よく晴れたいい天気の一日だった。
適度に喉も渇き、帰宅して風呂から上がると、今日こそはアルコールを空けるぞ、と思っていたのも束の間、妻から「この間新潟のカーブドッチで買ってきた地ビール、賞味期限があと何日かしかないよ」の一言で、もろくも崩れ去ってしまう。
しかも乾いた喉にすーっと流れ込んでいく感じだ。
もしかすると、今頃がビールの一番うまい時期なのかも知れない。
ところで、先月、このブログのアクセス数が一ヶ月で500件を初めて超えた。
一ヶ月で500件というと、端から見れば、全然少ない件数なのだろうけど、ずっと400件前後を推移してきた立場からすると、一歩前進(なんのこっちゃ?)という感じで、嬉しい。
読者の皆様、書きなぐっているだけの駄文ですが、読んでいただいてありがとうございます。
そのうち、本になったら書店で買ってまた読んで下さいね。
などと戯言を言っていてもしょうがない。
あした一日頑張れば、また休日。
土曜は高岡へ小学校3年生の時の恩師の絵の個展を見に行く。
私が給食のスープがまずいと言って残そうとしたら、全部食べるまで帰ってはいけないと、放課後まで残して食べさせられた、そのおかげで小学校6年生くらいには、どんな味気の無い給食でも食べることができる、クラスで唯一の人間になることができた。
とても感謝している。
私にとっては、後天的な強みを作ってくれた、かけがえのない恩師の一人である。
そして日曜は地区の運動会。
昨年に続き、今年も参加できそうだ。
少しずつ、地域でも顔を売っていかなくては。
そして、夜は打ち上げのビール・・・・楽しみだ。
久しぶりに家で映画を観た(ヒストリー・オブ・バイオレンス)
風呂や食事を終えてくつろぐ時間がだいたい夜の10時頃。
いつもその時間帯はニュースを見ている。
長い場合は11時半頃まで見ている場合もある。
そのため家で映画を観ることが最近ほとんどなかった。
昨日は「少しくつろごう」と思い、ニュースはそこそこにして10時過ぎから映画を観た。
「ヒストリー・オブ・バイオレンス」という映画である。
95分ぐらいの比較的短いものなので、過去にも何度か観ようとしたことがあったが、なんとなく重い内容のような気がして、精神的に強い状態の時でないと、対峙できないように思い、ずっと観ることができなかった。
そういう意味では「ショー・シャンクの空に」のようなずっしりとした重さを想像していたのかも知れない。
「ヒストリー・オブ・バイオレンス」というのは、そのまま訳せば「暴力の歴史」ということになるのかも知れないが、世界史とか日本史とかいった類の歴史ではなく、極めて個人に属する物語であり、その個人の思い出したくない過去にまつわる物語である。
地方の町で平凡に家族と暮らす穏やかな喫茶店の主人、が主人公である。
たまたまその店を訪れた無法者を一撃の下に退治してしまったために、一躍有名人になってしまい、そのニュースが過去に関わりを持っていたギャングの目に止まる。
そして平凡で幸せだったはずの彼の生活に暗い影が忍び寄る。
・・・。
最後は、この主人公の強い意志でギャングに勝ち、よろよろと、どことなく自信なさげな普通のおじさんの顔で家族の元に戻り、家族はそれを全てわかった上で、静かに涙を流しながら受け入れてくれる、という結末であった。
イヤな気分ではなく物語を観終えることができた。
なんだか確信めいたものが、心の中に錨を下ろすように芽生えたような気がした。
ゆっくりしたストーリー展開の中に、時折出てくる物々しさ。
目を覆うような恐怖や心臓がドキンとするような効果音などはないが、やはり重々しい映画だった。
決して重苦しいではなくあくまで重々しい、である。
主人公は、初め、過去を忘れているのかと思わせるような、本当に記憶喪失ではないかと思うような演技だったのが、最後には過去のことは全て記憶していながら別人になりきっているということが我々にもわかる、というとても工夫された作りになっていた。
それ(すっとぼけた別人ぶり)を見事に演じ、しかも平凡な街のおじさんの顔と、殺人マシーンのような冷酷な面持ちを使い分けていたあたりが、後になってすごい役者だなと思った。
主役はヴィゴ・モーテンセンという人で、「ロード・オブ・ザ・リング」でも有名な人らしいが、私は初めてだ。
また私が会社の広報担当だったときに大変参考にさせてもらった「ブロードキャスト・ニュース」でアナウンサー役を演じたウィリアム・ハートが主役の実の兄の役で出ていた。
なんだか三流役者のような・・・と思っていたくらい、ギャングの大ボスとしては貫禄がなかったが、エンディングのクレジットを見ていて、この人の名前があったので、思わず、えっ?と驚いたくらい演技が上手くなかった。でも助演男優賞をもらったらしいが。
監督がなんとデヴィッド・クローネンバーグ。
これも驚きだ。
というより、ははあん、なるほど、この人の映画だったんか、と得心したような気がした。
この監督については、社会心理派、っていうと安直な言い方かも知れないし、なんのことかよくわからないかも知れないが、人の心の奥襞にまで入り込むような、そんな映像、そんな語り部という感じを受けている。
この人の作品で最も好きな映画は、クリストファー・ウォーケン主演の「デッド・ゾーン」である。
こういうサイコチックな、でも人の心の多感な動きを捉えた、やや現実から離れた、そんな映画作りが得意な人なのではないか。
これからもいい作品を作り続けて欲しいものだ。
良いウィークエンドを過ごすことができた。
富山の米泥棒に怒り心頭!
昨日の早朝、富山市北代の「北代営農組合」作業場から、連休中に収穫したばかりのコシヒカリ約750キロ分、30袋もの米が盗まれた、らしい。
報道によると、作業場は組合加入の農家が収穫した米を保管する建物で、建物は窓が割られており、犯人は侵入後、シャッターを開けて車で米を運び出したとみられているそうだ。
30袋の米を盗むということは、とても一人ぐらいの人間で一気にできるものではない。
複数の人物が関わっているのは間違いないだろう。
我々は子供の頃、米というものはお百姓さんが88回の手間暇をかけて作る、大変多くのプロセスがあり、あたら一粒の米といえども粗末にしてはならない、ときつく教わって育ってきたものだ。
どんな背景があって盗難したのかはわからないが、農家の人たちは精魂こめて作っている農作物を盗むというのは、許されることではない。
とても腹が立つ。
確かに、日本全体がひもじい時代は、芥川龍之介の「羅生門」のように、人の食べ物を奪い、さらには人肉すら食らうような、道徳より生存、という時代があっただろうと思う。
たぶんつい最近までそうだったのではなかろうか。
しかし、この平成の世の中にあって、米を盗むとは一体なんだろうか。
それほどひもじいのか、それとも単なる金欲しさからだろうか。
隣の新潟でも米が盗まれたということだから、広域的な組織犯罪か、それとも連鎖反応かわからないが、いずれにしても、我が日本人の主食である米が盗まれるというのは、よほど日本も心の貧しい国になってしまったものだと思う。(高価な品物なら盗んでもいいとは決して言わないが、最低限の倫理観すらなくなってしまったのか、と本当に嘆かわしく思う)