年末に大雪になり、断続的に何度も大雪が降っている。
こんなによく降る冬は久しぶりだ。
と思ってカレンダーを見ると、まだ2月16日。
少なくとも2月いっぱいは冬だ。
いつ大雪になってもおかしくない。
となると、明日も明後日も大雪でもおかしくない。
それにしても気温も低い。
10度ぐらいのこともあるが、まだまだ氷点下。
そろそろあったかい季節が恋しい。
春よ、早く来い。
「随想」カテゴリーアーカイブ
富山市針原「白鳥の里」
運転免許の更新に行った。
帰り、旧国道8号線を走っていたら、「白鳥の里」という看板が目に入った。
そう言えば・・・妻が何か言っていたような気がする、と思い、思わずそちらにハンドルを切った。
国道を左、海の方にそれて数百メートル。
走っていくと車が何台か農道沿いに停まっている。
望遠レンズのようなものを持った人々がいる。
田んぼの一角だけがやけに白い。
白鳥の群れだ。

一枚の田んぼの中、一面に白鳥が泳いでいる。
いやあ、風物詩というのかなんというのか、大変なものである。
その数、ざっと200羽以上。

ふと目を転じると、白鳥だけではなく、カモも混じっている。
共存共栄というのか、他人はかまわないということなのかわからないが、傍目には仲良く混じっている。
富山にこんなスポットがあろうとは。

逆方向に回ると、バックに雄大な剣岳をはじめとする立山連峰が。

その立山連峰を背景に、次から次へと白鳥たちが2羽、また3羽と飛び立つ。
その姿がまたすがすがしい。
こんなところで『ブラックスワン』のことを思い出す私はなんと風情のない人間か、と思うが、たまに黒っぽい白鳥が混じっているので、しょうがない。

というわけで、騒いだり構ったり過度に近づいたりせずに、彼らが過ごしやすいように遠巻きに眺めましょう。
父の病状そのx
父が死地から帰ってきた。
先日酸素マスクが取れ、次いで点滴がはずされた。
38度から39度台の高熱が3~4週間も続き、糖尿病が悪化して肺炎を併発し、挙句の果てには心拍数が30まで落ちてもうだめかも・・・と言っていたのが嘘のようだ。
昨日医師から胃瘻(いろう)について説明を受け、実施してもらうことにした。
胃に穴を空け、そこから栄養分を入れるための手術である。
口からものを食べることができない現状からすれば、カロリーを得るため、鼻から胃までのパイプをつけたままで行くか、時々肩口から太い血管に直接注射を打つか、といった方法があるようだが、現時点では胃に穴を空けるのが一番いいようだ。
父がわかるかわからないかは不明だが、一応話しをした。
「医者にまかせる」というようなことをモゴモゴと言っていたので、わかったのかも知れない。
良いに悪いはつきもので、意識が戻ってくると、自分の置かれている状態の悪さにも気がつくようだ。
今日、母に言った言葉。
「オレはこれからどうやって生きていったらいいのか」
・・・確かに。
歩けるわけではない。半身不随。
言葉も明瞭には発せられない。
口からものを食べることができない。
そんな状態では「どうやって生きていったらいいのか」と言いたくもなる。
「いっそ死にたい・・・」
懸命に看病してここまで立ち直ったかと思ったらそんなセリフを。
母の苦い気持ちが伝わってくる。
折角拾った命を、と思うのだが、本人がそう思うのは仕方がない。
我々としては、残された脳の機能で潰れた部分の機能が少しでも補われ、何か一つでも機能が改善されるよう祈るしかない。
本人には自分の力を信じてリハビリに取り組んでもらいたい。
希望を捨てないことだ。
立松和平さんの訃報に接して・・・びっくりした!
作家と言っていいのかどうかよくわからないが、立松和平氏が亡くなったらしい。
びっくりした。
62歳。
つい最近もちょくちょく仏教関係のテレビ番組に出ておられた。
特別、ファンだったというわけでもないが、道元の話、空海の話、良寛の話など、私の好きな仏教者をこの人もよく取り上げておられ、詳しいようでもあったので、この人の仕事にも自然と興味が行っていた。
古くは長島敏行さんと石田えりさんが出演した映画『遠雷』の原作者だったということもおぼろげながらに思い出した。
多臓器不全だということだが、一体どういう病気なのか。
お元気そうにあちこちのお寺をめぐっておられたようなので、突然のことで驚いている。
盗作などの問題もあったようだが、ご活躍されてしかるべき人だったと思う。
お悔やみ申し上げる。
HONDAのFit
母が車を買い替えた。
折角だから、ということで低燃費の車にした。
HONDAのFitである。
カタログスペックではリッター22.5kmという燃費性能。
実際に市中を走ってみると・・・
魚津市は信号が多すぎて・・・
リッター当たり8kmしか走れてないじゃないか!
これがホントの性能ではなかろう。
と思い、今日母から車を借り、富山まで行ってきた。
往復50km。
平均16~17km/ℓ。
まあ、雪道だしスタッドレスタイヤなので、カタログスペックに劣るのはやむを得ない。
それでもこれだけの燃費で走ってくれれば、通常の乗用車の2倍の効率である。
TOYOTAのPriusはさらに低燃費だ。
それがあいにくのブレーキトラブル(と言っていいかどうか???)。
苦戦しているが、今が技術革新の踊り場かも知れない。
この先も色々問題も出るだろうし、さらに高効率の車が出てくるだろう。
電気自動車に至っては、安くて省機能の途上国製の車も沢山出てきて日本製も対応を迫られるだろう。
頑張れTOYOTA、頑張れHONDA。
頑張れニッポンの製造業。
健康への一歩二歩三歩
ルームランナーを買って早一ヶ月近くになる。
今日は3回目のランニングをした。
時速8km。
20分を過ぎた辺りからは8.5kmにした。
心拍数が120ぐらいで安定しておればちょうど良いのだろうが、廉価なルームランナーだからなのか、あまりきっちりと計れている感じがしない。
ま、いいや、と思って、とにかく前回よりも速度を上げて走った。
結果、4kmを走りきった。
昨年のしんきろうロードマラソンの時には、2.5km=折り返し地点を過ぎてから突然バテが来て、3kmも持たずに歩き出してしまったという悔しい思いがある。
初めから上り坂があったこともあるが、ペースというものをまったく考えずに走り出したことが最大の敗因だ。
それと、そもそも日頃から走っていないので、スタミナがないことも大きい。
ということで、毎週最低一回は走ることで、徐々に体を慣らしていこうとしている。
初回は3kmそこそこ、2回目は3.5kmほどだったか。
今回は4kmを走りきった。
そういうことが少しずつ自信につながっていく。
幸いこの機械は、連続60分まで動かしてもいいことになっている。
廉価版の機械は30分以上は動かさないで下さい、となっており、それを考えると、ちょっと割高のにして正解だった。
今の時点では、まだ30分以上走り続けるような暴挙はしないが、いずれ5kmを完走するためには30分以上の連続ランニングが必要だ。
それとアップダウンにも耐えられるようローラー部の上下動も必要だ。
いきなり色んなことをするつもりはない。
徐々に脂肪燃焼体質にし、持久力、筋力、スタミナをつけていく。
相棒はiPhoneで聞くpodcastingだ。
しばらく映画を観ていない
ここ数ヶ月大変忙しかった。
そういうこともあり、ここの所、長い間映画を観ていない。
大阪にいた頃はまだそれでも2週間に1回以上はレンタルビデオで映画を観ていた。
今日は仕事を休み、大腸内視鏡検査を受け、何もないという奇跡的な結果に終わった。
少し時間もできた。
久しぶりにDVDのレンタルをした。
ちゃんとシリアスな映画を、と思ったが、気分転換ということもあり、ローワン・アトキンソン(Mr.BEAN)の「ジョニー・イングリッシュ」というおちゃらけスパイものを観た。
相変わらずMr.BEANがふんだんで面白かった。
今後とも、またこういう時間を持てたらいいなと思う。
いずれにしろ、ここのところ、精神的には色々疲れることが多かったので、今日の「検査問題なし」を転機に良い方向に持って行きたい。
まずは、少し時間にゆとりを持つことから、だ。
命拾い
「命拾い」って、私のこと?父のこと?どっち?と聞かれるかも知れない。
両方である。
父は、昨日点滴が取れた。
奇跡的な回復である。
5週間に亘って38度以上の熱が続いていた。
しかも合併症をいくつも併発していた。
点滴が取れ、栄養分は鼻から胃まで流す細い管で送っている。
その量も日増しに増え、今日は1500ccの流動食を送るまでになった。
残念ながら意識はまだほとんどない。
目も開けたりはするが、ほとんど見えていない。
血圧が低いため、朦朧としているようだ。
目が見えないのは脳の問題かも知れない。
しかし今日は「ありがとう」とかなりはっきりした声を出した。
どこまで回復してくれるかはまったくわからないが、希望を持ち続けることができそうだ。
一方、私。
検便2回のうち、潜血が1回だったら大腸がんの可能性60%、2回だったら80%。
と言われた。
私は1回潜血があった。
「痔でしょう」と言ったが、痔なら尻に痛みがもっとあるはずだと言われた。
となると、少なくとも前歴があるポリープぐらいはいくつか出来ているかも知れない。
前回の切除から12年も経っているし・・・。
で、今日会社をやっとのことで休んで、予約していた大腸内視鏡検査を受けた。
肛門のところを管が通るのはそれほど痛くはなかった。上手な医師らしい。
が、大腸の中でごちゃごちゃと管が動き回るのが痛くてしょうがない。
医師が「ちゃんとできない」というくらいに痛がった。
結果、何もなかった。
<何も>である。
12年前に大腸ポリープを切除した。
同じように内視鏡を入れての施術である。
その時は過形性が4個、線腫性が1個の合計5個を切除された。
線腫性というのはがんに変異する可能性のあるやつである。
そのため、その後何年かおきに、人間ドックなどの際、入り口付近の内視鏡は受けていた。
そんなこともあったので、最低ポリープぐらいはあるだろうと思っていた。
以外にも何もなかった。
ではどうして血が混じったのか?
看護師曰く、肛門付近に弱い痔があるので、それが時々大きくなったりするのでしょう、とのこと。
(痔じゃないって言っていたのに!)
ま、いずれにしろ何事もなくて良かった。
昨年末からずっとここのところ、精神的にもタフなことが色々あったので、これで少し気持ちを切り替えて超大忙しの仕事や色々な事柄にも集中して取り組むことができそうだ。
まずはビールだ。
(親父よ、一人で飲んですまんけど)
父の闘病生活
先月の21日に父が脳梗塞で倒れ、病院にかつぎこまれてから今日で30日になる。
この間、熱は38度から39度が続き、意識はほとんどない。
脳梗塞だけでなく脳内出血、糖尿病、不整脈、睡眠時無呼吸症候群、腎臓病、肺炎などを併発した。
元から持っている病気もあり、それらが一気に暴れだした感じだ。
今朝、病院から呼び出しがあり、家族が集められた。
心拍数がいっとき30にまで下がったためだ。
もうだめかと思ったが、到着した時には多少正常な値に戻っていた。
結局ほぼ一日病床に付き添った。
何ができるわけでもないが、ベッドサイドの枕元に座って、時々声をかけたりした。
ふと思う。
ここにいてオレは一体何を待っているのだろう?
もしかして、父が死ぬことを待っているのではなかろうか。
ずっと意識も戻らず、何本もの管につながれてかろうじて生命を保ち、苦しみ続けるくらいなら、すっきりと楽になった方がいいのではなかろうか、と不謹慎なことを思ってしまう。
何日か何週間か後に、諸機能の障害が進み止まったとしても、76歳の高齢でどこまで回復するものだろうか。
回復を信じなければならないよ、とアドバイスをくれる友人がいる。
ありがたい。
しかし現実に今の状態を見ると、日常生活に戻れるとは考えにくい。
しかも30日間の高熱続きである。
と、よからぬことに思考がいってしまうが、死魔必死にと闘っているのは父自身である。
何もできないが、声をかけ、死地から引き戻すことを我々家族は、やはり続けなければならないと思う。
