倶利伽羅峠。
その昔、源平合戦で源義仲が火牛の計で平氏軍を打ち破った古戦場。
さらにその昔、インドの善無畏という高僧が元正天皇の要請で日本にやってきて、この地で倶利伽羅不動明王を感得し、その姿のままに彫刻し、その後かの空海がこの地を訪れた際、倶利伽羅不動明王の有難さに同じ像を彫刻した・・・との言い伝えのあるところでもある。
であるが、そもそも善無畏は真言八祖の5番目の人であり、インドから中国には行ったと思われるが、日本には来ていないのではないか。
しかし日本の色々な寺に善無畏がどうしたこうしたという言い伝えがあるのはどういうことだろう?
不思議な気がするが、偶然倶利伽羅不動寺だけのことではないと思う。
日本の各地に善無畏が感得して彫刻したとか、善無畏が開山したとかいう言い伝えがある。
ということで、今日は久しぶりに小矢部、否、石川県津幡町の倶利伽羅不動寺へ参詣に行ってきた。
ここは母の生まれた地の近くであり、母の名前の由来の地でもある。
15年ほど前、母が乳がんから回復し、そのお礼参りに行ってきたのが、母としては参詣のきっかけであるらしい。
当初から父と一緒に毎年今頃の季節に参詣してきたもののようだが、今年は父が病床の人であるため、私が同行した。
魚津から下道で1時間半。
今日は偶然8のつく日ということもあって、住職の法話があった。
「言葉」が大事だよという大変良い法話だった。
高台からの見晴らしは、まるで鞍馬寺から比叡山を望むような感覚があった。
「随想」カテゴリーアーカイブ
徒然草に見る「Time is Money」
時間は有限。
放っておくとどんどんなくなっていく。
過去は戻らない。
ただ頭の中に残っているだけである。
どこにも存在しない。
誰かと一緒に過ごした場合は、お互いの頭の中に残って、さも過去が共有されていて、今もあるような錯覚を覚える場合があるにはあるが、でも過去はもうどこにもない。
そういうことをわかっている人はどれだけいるだろうか。
徒然草に言う。
寸陰惜しむ人なし。
これ、よく知れるか、愚かなるか。愚かにして怠る人のために言はば、一銭軽しといへども、これを重ぬれば、貧しき人を富める人となす。
されば、商人(あきびと)の、一銭を惜しむ心、切なり。刹那覚えずといへども、これを運びて止まざれば、命を終ふる期(ご)、忽ちに至る。
されば、道人(どうじん)は、遠く日月を惜しむべからず。ただ今の一念、空しく過ぐる事を惜しむべし。もし、人来たりて、我が命、明日は必ず失はるべしと告げ知らせたらんに、今日の暮るる間、何事かを頼み、何事かを営まん。我等が生ける今日の日、何ぞ、その時節に異ならん。一日のうちに、飲食(おんじき)・便利・睡眠・言語・行(ぎょう)歩(ぶ)、止む事を得ずして、多くの時を失ふ。その余りの暇(いとま)幾ばくならぬうちに、無益(むやく)の事をなし、無益の事を言ひ、無益の事を思惟して時を移すのみならず、日を消(しょう)し、月を亘りて、一生を送る、尤(もっと)も愚かなり。(徒然草 第108段)
吉田兼好の時代も今も、意外と時間を無駄に過ごす人は多いのだと思う。
ま、かく言う私も・・・。
立山山麓家族旅行村へ久しぶりに行ってきた

なんの写真かわからないと思う。
避暑のつもりで、立山山麓家族旅行村に行ってきた。
知人の助言を受けてである。(但し、知人その人は、昨日の音楽イベントに来い、という意味で言っていたのかも知れないが・・・宇崎竜堂さん、来てたんだねえ)
自分としては涼しい高原のケビンを時間借りして、小鳥のさえずりを聞きつつ、読書や昼寝や仕事の考察など、と考えていたんだが、妻から「車のお金かかるでしょ!」って言われて、断念した。
しかし、ともかく、現地までは行こう、と無理やり妻を口説いて父の軽四で1時間のドライブ。
行ったが、昼飯を食べるくらいでなにもできない。
ケビンに入れぬ以上、どうしようもない。
ふと見ると、コンドラが次から次へと山の斜面を登っていっているではないか。
パンフを見ると、ゴンドラの山頂駅から瀬戸蔵山、大品山へとトレッキングするコースへの見取り図なども出ている。
これしかない、とまた妻を口説き落として、ゴンドラに搭乗。(二人で2000円。ケビン借りるよりゃ安いだろ!って言いました)
で、山頂駅でおりた後の、瀬戸蔵山へ行く道中の最初の小径が、上の写真である。
次回、トレッキングをする。
それまで楽しみはとっておく。
(今年は立山登山できなかったからなああああ)
新入社員の時の上司の墓参り
5年前に亡くなった、私が新入社員の時の課長の墓参りに行って来た。
先輩のMさんと一緒に行って来た。
小矢部市である。
突然だったが、奥様が暖かく明るく迎えて下さった。
ありがたいことだ。
仏壇を参らせていただいた後、お墓の場所まで一緒に案内していただき、お参りしてきた。
穴の谷の水を捧げた。
亡くなる少し前に、無邪気にも、回復するものだと信じて、病院に持っていったのだが、たぶんもう末期だったのだろう、恐らく水は飲まれないままに亡くなってしまったのではないかと思う。
そんな残念な気持ちもあって、今日持参した。
もちろん飲めはしないのだが、折角お参りに行くときぐらいは、お届けしたいという気持ちだ。
上司の好きだった「ふなくち菊水」もお供えした。
尽きせぬ思いがある。
わずか69歳で亡くなったことが、本人は無念でしょうがないと思う。
私も残念だ。
しかし死んでしまった人が生き返るわけではない。
今と明日を見つめて、生きているメンバーで頑張っていかなくてはならない。
故・上司の思いを少しでも受け継ぐことができて、今生きている人たちのお役に立てたらなあと思う。
ところで、富山駅での待合中に、なんとかいう本を読んだ。
なんていう書名だったかは忘れたが、最近の成功本の批判をしていた。
なかなか痛快であった。
世の中、あんたの真似をしたらガッポリ稼げますよなんて、そううまくいくはずないじゃないか。
あんただけが儲かってるんでしょ、といったような論調で、結局は松下幸之助氏や稲盛和夫氏などの自叙伝が一番インパクトがあって本当にためになるよ、というようなことが書いてあった。
骨のある本だと感じた。
残念ながら書名は忘れた。
トイレにまつわる変な夢
朝からマッサージの予約ができたので、通信教育の取り組みはちょっと置いておいて(朝から一気にやるつもりだったが)、マッサージを受けてきた。
肩の内側の筋肉が疲弊していて、痛みも治まらないし、揉んでもらっても良くならない。
挙句、何か特別の器具を出してくれ、灸のような治療をしてもらった。
午後、マッサージの効果が出たのか、とてもけだるくなって、またまた通信教育には手をつけぬまま不覚にも寝てしまった。
妙な夢を見た。
夕涼みにドライブしていたら、銭湯のようなハンバーガー屋のような建物に行き当たり、車を止めて中に入った。
銭湯のような部分は瞬時に真っ暗になり、ファーストフード店だけになった。
そのファーストフード店も夜遅いせいかメニューの表示板の電気は消えてしまって、何も食べられない。
カウンターの中の店員らしき人が、「今からなら素泊まりの部屋を用意できますよ」と言う。
「但し、便所ですけどね」
俺はその言葉の意味するところを理解できないまま、腕時計に目をやると既に夜の11時少し前であり、今から帰るのもなんだし、泊まるしかなかろうと決意する。
店員の案内に従って2階だか3階だかに向かう。
階段を上がっていく。
途中、公衆浴場のような部屋があり、廊下から入浴している人々が見える。
「ああ、これは広くていいや、後で入りに来よう」と思う。
受付では「2階の213号室」といったように聞こえたような気がしていたが、それらしい部屋はなく、結局3階に上がる。
昔の大きな家のような民宿のような建てつけになっており、廊下をずんずん進む。
私の部屋はどこだろう?と思いながらなかなか部屋にたどり着けない。
302号室だった。
その部屋がないまま、廊下の突き当たりまで行ってしまう。
突き当たりは301号室と表示されている。
その部屋の入り口の右を見ると、ドアがあり、302号室と書かれてある。
「ああ、やっとあったぞ」と思い、ドアを開けると・・・狭い!
畳半分ぐらいしかない。
「ええっ?これが部屋?こんなんじゃ横にもなれない」
さらによく見ると畳の真ん中が円形にへこんでいる。
畳の下に穴があって、そこに吸い込まれているような感じだ。
瞬時にしてわかった。
便つぼだ。
昔の便所なのだ、ここは。
そこへ、いや、そこを部屋にするために、便つぼとその周囲の板張りのところに無理に畳を半畳分置いて、部屋にしつらえたのだ。
ということがわかり、受付に部屋を換えてくれと言いに行く。
カウンターは既に真っ暗。
時計を見ると午後7時。
あれっ?まだそんな時間か、と思い、今から帰れば1時間ぐらいで家に着くな、と考え、さて帰ろうか、それともこのままあの狭い<便所部屋>で飯も食わず、風呂にも入らず(どうせ入っても<便所部屋>で泊まるのであればあまりきれいな状態で朝を迎えられないのだから)、一晩座り寝で過ごそうか、と迷う。
そこで目が覚めた。
変な夢だった。
時々便所の夢は見るが、今回は珍しく元便所というシチュエーションだった。
マッサージを受け、全身の血流が良くなってそんな夢を見たのかな?
21年の自転車とおさらば
結婚したときに妻が自転車を持参してきた。
他にも色々嫁入道具はあったが。
その自転車、いつの日からか私の通勤道具となっていた。
特に大阪の枚方時代は重宝した。
向こうは天気が良く、ほとんど雨が降らなかったから、駅と社宅の往復は年中自転車だった。
さすがに疲弊したのか、途中でチェーンがだめになって取り替えたことはあった。
妻と子どもたちを富山に帰して、単身状態になってからも自転車は置いていってもらって、買い物の時の足として使ったし、休日に曽根崎のオフィスに行く時にもちょくちょく使った。
4年前に富山に帰ってきてからも、家と駅の間は自転車通勤であった。
それが数日前、遂に両のタイヤがいかれてしまった。
初めは後輪の空気が抜けただけだと思っていたら、どうも前輪・後輪ともにゴムがズタズタになっていた。
20年以上使われてきたのだから、さもありなんである。
妻にとっては独身時代から使っていたわけであり、ということは私とのつきあいよりも長いのである。
タイヤを両方取り替えると、1万円近くになるという。
さすがに考えた。
妻は全然未練はなさそうである。
結局新しい自転車をホームセンターで購入した。
8980円也。
乗り心地は・・・やはり前の乗り慣れた自転車から比べるとぎこちない。
前の自転車は妻の父が処分してくれたらしい。
寿命だったのだろう。
ありがとう自転車よ。
セミさんの脱皮シーンを見た!
今日の出来事・・・暑い
暑い。
こう暑いと人間の生気が萎えてしまう。
昼にたまたま通りかかった経田の夏祭り会場で、サザエのつぼ焼きと焼きガキを食べた。
元気モリモリ、を期待したがさにあらず。
家に帰ると途端に眠くなり、本来食べるはずの昼食も取らずに寝てしまった。
延々2時間。
暑い部屋の中で扇風機の風を浴びながらの昼寝。
余計疲れたような気もするが、仕事はしなくちゃいけない。
妻とのたまの休みではあったが、午前中だけのデートであった。
自動車の購入について
当然エコカーだ。
何より燃費が大事。
もちろん地球に優しいというキャッチフレーズも大切だが、先立つものはお金。
というわけで、長男の車については、ダイハツのミラにしようと思っていた。
ところが、我がファミリーカーのトヨタのガイア(中古車)が遂にダウン。
少なくとも何かあって健在な家族全員が移動できるよう最低でも5人乗りの車が一つ必要になった。
色々悩んだ挙句、現在以下の選択肢から、選ぶことになりそうだ。
選択肢1:長男はダイハツのミラ(24㎞/ℓ)、ファミリーカーはトヨタのカローラフィールダー(20㎞/ℓ)
選択肢2:長男はニッサンのマッチ、いやマーチ(26㎞/ℓ)、妻の日用車がダイハツのミラ(24㎞/ℓ)
家族で移動や妻とのドライブの時は長男に預けたマーチを私が借りる
選択肢3:長男はトヨタのヴィッツ(20㎞/ℓ)、妻の日用車がダイハツのミラ(24㎞/ℓ)
家族で移動や妻とのドライブの時は同上。
一つ、ワゴンか、せめてライトバンクラスがあった方がいいだろう、今ですら7人乗りのガイアなのだから、と思っていたが、もう既に子どもたちも大きくなって、家族みんなで海水浴、ってこともなくなっている。
という現実に気づいたら、5人全員プラス荷物沢山、という車は当分の間必要なさそうである。
たまに大きな家具を買った時の運搬をどうしようかということは出てくるかも知れないが、ま、そんな時のためだけに大きな車は必要なかろう。
というふうに考えると、母のフィットでも使えるし、通常の普通車でもいいわけで、となると、長男の車はそれほど立派ではない普通車、で、何より毎日往復50~60kmを通学するためには、低燃費であることが必須条件となる。
今のところ、私の心は選択肢3に傾いている。
大学生に新車???という憤懣はあるのだが、結果的にコストを考えると、一番ベターな選択ではなかろうか。
(私自身の希望は、トヨタのカローラフィールダーかウイッシュなのだが・・・・・・・・・)
勉強不足のあせりから逆に小説に手を出した
最近とんと勉強していない。
いや、仕事の勉強は毎日毎晩やっているのだが(というより仕事・・・作業?)、周辺を広げていくような勉強をしていない。
ということに気づいているのだが、休日は自分の用事、父の見舞い、仕事少々、となると、それ以外のことがなかなかできない。ましてや新たな通信教育が始まり、それのプレッシャーも並大抵ではなく・・・。
そんなことがあるため、買いためた本がはかどらない。
そんなあせりから、ともかく、少しでも本そのものを開くということをしなければ、と思い、昨日、一日リフレッシュしたこともあって、万城目学という人の『鹿男あをによし』という小説を買ってきて一気に読み始めている。
奇想天外青春超古代伝奇SFラブコメディとでも言おうか、なかなかに面白い。
夕べ寝る前から読み始めたのがだ、すっかりはまって今日はほとんど仕事をしていない。
あせっている。
が、面白いからいい。
まだ夜の時間がある。
それにしても・・・勉強不足のあせりから逆に小説に手を出すようでは高校生時代から一つも進歩してへん。
