レーシック手術について

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 入浴や海水浴、プールでの泳ぎ、ジムでのトレーニングなど、生活の中の色々なシーンで眼鏡があると邪魔に思う場面が多い。
 しかし近視のためにやむなく眼鏡に頼る生活を、かれこれ30年以上続けている。
 できれば日常生活で眼鏡に頼らなくても良いようになりたい。
 レーシックという近視治療手術の方法がある。
 その手術を受けようと、富山県高岡市にあるOという眼科に行った。
 実はこの手術、私の記憶では、既に20年以上前に、ある雑誌で「ソ連では20年以上やっている」と詳細な記事が載っているのを見て、日本で普及するのを心待ちにしていたものなのである。
 つまり世界的には、もう40年以上実績のある手術方法なのだ。
 理屈は簡単で、眼球の表皮をうすくむいて、その結果眼球全体を一回り大きくするのと同じ効果を出すことで、遠くまで焦点が結べるようにするというような感じのものだ。
 そのためにレーザーメスで眼球に傷をつけ、皮をむく、というやり方をするらしい。
 医院では、約1時間にわたって、十数種類の検査が行われ、その後結果の説明を含め、医師との面談が行われた。
 しかし結果は、検査結果の説明もないまま「お勧めしません」と来た。
 「あなたの年齢は、一番難しいんです。」という。
 なんのことかというと「手術をした結果、遠くを見るときは眼鏡は使わなくても良くなりますが、手元の書類を見るときは逆に老眼鏡が要ります。あなたぐらいの年齢では、外回りの営業職で書類などの中の仕事がほとんどない人や、スノボやゴルフなど眼鏡をしていることで不利になるスポーツが人生の中心だという人の場合は効果があるが、あなたのように事務職の人にとっては、結局眼鏡が手放せません。老眼はこの手術ではカバーできません。そうなると、使い慣れた近視用のメガネがいいか、新たに老眼鏡にするか、の選択です。そういうわけでお勧めしませんが、よく考えて、どうしてもやりたいということであれば、また連絡下さい」
 そういうわけで、結局この日は手術の予約は行わず、帰ったわけだが、一日経って、車の運転をしたり、銭湯に入ったりすると、やはり眼鏡の不自由さを感じる。
 近く仕事を変わる予定だが、その内容等を見つつ、また老眼鏡を使う先輩諸氏の意見などを聞いて再考しようと思う。

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日展100年

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 日展100年という展覧会に行ってきた。
 図画工作から美術といわれる科目に至るまで、学校の成績は悪かったが、大人になってから何かをさかい絵が好きになった。
 これまで訪れた個人の美術展では、下保昭、鴨居玲、ダリ、篁牛人、東山魁夷、平山郁夫などが素晴らしく良かった。
 子供が生まれた後、彼らが大きくなるまではなかなかこういうものに触れる機会がなかったし、最近は単身赴任やらなんやらで、仕事と生活以外のことはあまりできなかったので、たまにはいいものだ。
 さて、件の「日展100年」だが、会場は富山県立近代美術館というところで4月からやっていたもので、5月18日が最終日だった。
 富山県内で開催される美術展は、これまでの最高動員数が、東山魁夷展の時の4万人だったらしいが、今回の「日展100年」はそれをはるかに超える人数が訪れたということだ。
 さすがに最終日とあって、朝一番で出かけたが、大勢の人で賑わっていた。
 元々は明治末頃に始まった文展というのがその起こりであり、戦時中は帝展といい、終戦後は新文展となり、さらにその後民間が運営するようになって日展となって今日に至っているらしい。
 私のお気に入りは山元春挙という人の「富士二題」という一幅の絵のうち「秋晴れ」という、富士山を背景にした農家の絵である。
 その他に、第1回文展に出品された新海竹太郎という人の「ゆあみ」というブロンズ像。天平的ヘアスタイルのとても美しい女性の像で、かみさんを横にしてしばらく見惚れてしまった。本来の所蔵場所は山口県立美術館らしい。
 書では、村上三島という人の「知命者不怨天」(命(めい)を知る者は、天を怨まず)というのが良かった。文字、というより、その言葉が気に入った。
 この展覧会は昨年の東京を皮切りに、仙台、広島と来て、ここ富山会場の計4会場でしか開催しないらしい。まれな機会に恵まれて幸せだ。
 しばらく美術作品とは縁がなかったが、これを機にまた色々見て行きたいものだ。

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大前研一の本を読んで

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 大前研一の『50代からの選択―ビジネスマンは人生の後半にどう備えるべきか』 (集英社文庫)という本を立ち読みでパラパラと読んだ。
 その中に、50代からの人生は40代後半で考え、準備していかなくてはならないという主旨のことが書いてあった。
 私も今46歳。
 このままあと4年が経過すれば給与はいやでも3割カットとなる。これは、そういう会社の制度なのでしょうがない。
 そうして54歳ぐらいで肩を叩かれ、関連会社に行き、今よりも割に合わない仕事をテクテクと続けるか、まだ売れる可能性のある今この時期に自分の力を信じて新たな世界に飛び出していくか、大前研一の本を読むと、今だからこそできることをすべきではないか、60代になってから何かを継続しようと思っても、大概は何もできないと書かれてあった。
 確かにそうだろうな。
 何かひとつのことを成し遂げるとしても、60歳からではちょっと遅すぎるような気がする。やはり50代でのスタートだろう。そのためには40代からスタートを切っておかなくては間に合わない。今が旬だ、今がチャンスだ、と自分に言い聞かせている。

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80歳の自費出版という話

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 平成20年4月18日の日経新聞「文化」欄に、「源氏54帖 主婦が完訳」という記事が出ていた。
 上野栄子さんという83歳の「主婦」の記事である。
 高校時代に源氏物語に魅せられ、以来ラジオ講座を聞いたり、他の訳を読んだりと、ずっと親しんできていつか自分の手で口語訳をしたいと思っていたらしい。夢を持ち続け、子育てが終わって50歳を過ぎてから念願の現代語訳にとりかかり、途中お母さんの介護をしなければならなくなってからも、介護の傍ら、少しずつ継続し、20年近くかけて自力で口語訳を成し遂げた。訳ができて自己満足していたが、それから10年後、家族の勧めで80歳で自費出版をした、という話である。
 特別な方ではない。ましてや作家でもない。
 源氏物語なんて、今までさんざん色んな作家が現代語訳をしており、今さら一般の主婦が訳したところで誰も見向きもしないし、何の意味があろうか、と思うのが私のような凡夫のあさはかさである。
 この人はしっかり夢を追い続け、それを成し遂げ、専門家からも「読みやすい」と評判をもらっているということである。
 感動した。
 夢を持ち続け、それに向かって頑張り続ける、ということが夢を実現する唯一の道なのだと思う。
 自分のやりたいことを持ち続け、それに向かって営み続ける、これが大切だ。
 さて、私の夢は・・・中小企業支援を通じて富山県のさらなる活性化につなげること。
 ちょっと大仰かなあ。でも毎日、中小企業経営者と色んな話しをして経営改善のために何をし、もっと売れたりもっと品質を高めたりもっと正確に仕事ができたりもっとスピードを上げたり、ということを実現していくことができたら、そしてそれらの実績を世間に評価され、あいつに相談したら今よりも会社がよくなるという評判が立てば、それに勝る喜びはないと思う。

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転職に向けての検討課題

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 40代後半で今勤めている会社を離れ、別の仕事に就こうかというのは、いざ現実味を帯びてくると大きな不安がある。
 色んな意味で今がタイミングだとは思うが、生活水準を維持できるだろうかとか、わからない世界でちゃんと仕事ができるだろうかとか、頭の中を不安が駆け巡っている。
 もちろん訪問先の企業から「来て下さい」という意思表示をいただいたわけではないし、仮に「来て下さい」と言われたとしても、希望する条件と合わなければこちらから辞退しなくてはならない可能性もあり、今の段階ではまだ先のことを不安視する必要はないのかも知れない。
 とは言え、明日以降、近いうちに連絡が来ることが想定されるため、はっきりと心の準備をしておく必要があり、不安をぬぐう意味からも再度何人かの人に相談した。
 診断士の大先輩Fさんには、金融機関で企業の再生を支援する業務が、サラリーマン診断士のスキル向上や将来にとって役に立つのだろうか、という点について相談した。
 回答は、今の診断士業務とは全然関係ない仕事をし続けるよりも、企業を良くする仕事に携わっておけば、それは診断士の仕事そのものなので、将来、県の再生支援協議会の仕事など色々あるから断然有利である、独立しても実績がないと2,3年は仕事がほとんどないので、将来のためにも今からやっておいた方がいいだろう、と力強い励ましの言葉をいただき、勇気づけられた。
 それにしても色々悩むものだ。
 しかし、自分の人生なので自分で切り開いていくしかない。
 今の会社に留まって自社の改善はできるとしても、企業を良くする仕事を幅広く経験できないままに自分の時間も持てずに定年まで行ってしまうか、新しい世界に飛び出してわからない業務や新しい人間関係などの苦労はしつつも時間も多少は持て、診断士としてのキャリアを磨いていくか、今が判断のしどころだ。
 留まれば給与は読めるものの時間とスキルの面では期待できずたぶん今まで以上の地獄、進めば所得は多少下がるが時間もでき健康や今までできなかったことができるしスキルと経験の面でも可能性が広がる。
 上記の確認結果次第だが、今日の時点では、自分の将来展望を考えて進もうかと思っている。

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納骨道中記

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 昨秋亡くなった祖母の納骨のため、京都の東本願寺へ詣でてきた。
 我々は納骨と呼んでいるが、寺側の呼び方は「収骨」というそうだ。
 仏教にも色々な宗派があるため、それはそれでよくわからないが。
 その帰路、京都を出てしばらく走ったところ、急に車の「オイル警告ランプ」(赤色)がつき出した。
 慌ててスタンドを探し、オイルを調べてもらったが、まだ油量は十分あるとの見立て。
 それでも満タンまで入れてもらい、あらためてエンジンをかけたが、警告ランプは消えず、スタンドの係員も首をかしげていた。
 走り出して間もなく、今度は「エンジンの警告ランプ」(黄色)までつき出し、こりゃあかなわんなとなった。
 しかし山道のため近くに修理工場らしきものもディーラーらしきものもなく、結局次の町まで走り抜けなければならなくなった。
 峠を越えて町の入り口まで入ったところで、ローソンの大きな駐車場に車を停め、JAFに来てもらった。
 見立ては、デイーラーの持っている検査装置で解析しなければわからない、というもの。
 すでに夜7時を過ぎていたが、まだ自宅までは300キロ以上走らなくてはならず、ここで無駄に時間を過ごしているわけにはいかないため、JAFの人に教えてもらってすぐにその町のディーラーに連絡をとったところ、いますぐなら見てあげるとの回答。
 JAFに先導してもらい、ディーラーへ。
 そこでの見立ては結構深刻なもので、エンジンのポンプ部分にオイルのかすがつまり、うまく機能しなくなっている可能性があり、原因除去のためにはエンジンごとはずして修理しなくてはならないと思われる、というもの。
 強い負荷をかけずに走る分にはしばらくはもつかも知れないが(つまり、高速走行は危険だ、という意味)・・・との付け足し。
 明日はディーラーは休みだということもあり、ましてや預けて行くにしても、自宅から300キロも離れたディーラーに預けていくのもちょっとしんどい。
 
 結局、下道でごまかしごまかし転がしていくことにした。
 どんな手当てをしてくれたのかはわからなかったが、ディーラーを出たときには警告ランプは二つとも消えていた。
 しかし、下道といえども結構夜間は大型トラックがところ狭しと走り回り、おまけに海沿いの道なものだから、くねくね曲がっていて始終対向車があって危険極まりない。
 しかも70キロぐらいのスピードを出しても、警告ランプはつかない。
 「今度ランプがついたら、すぐに路肩に停めてJAFを呼んで避難して下さい」と結構強い調子でディーラーに言われていたことが耳に残っている。
 そんなわけで、ランプがつくような運転はしないよう、なるべく負荷をかけずに静かにアクセルを踏んでいたが、70キロぐらいは夜の国道ではすぐに出るスピードである。
 このまま国道をちんたら走っていたら今夜中どころか、明日の朝までかかるとのしんどさを感じ、再度高速に挑戦することにした。
 (70キロで高速で行った方がよっぽど安全だ。)
 
 というような経緯があって、武生から高速に乗って富山まで帰ってきた。
 無事帰ってこられたことは、ラッキーだったと思う。
 長距離の前にはもう少し慎重に事前の検査などをした方がいいなと感じた今回の小旅行であった。

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会社訪問

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 今日ある会社を訪問し、そこの人事の方と会ってきた。
 企業の再生や事業継承・新規事業展開の際の融資などを審査するために中小企業診断士を増員したいが、社内での育成がなかなかできない。
 そのため中途採用を募集しているということである。
 中小企業金融を円滑化し、弱った中小企業を倒れるがままにしておくのではなく正常化・活性化するための支援を行うことが、地域の活性化・経済の安定化にもつながるという考え方に基づくものである。
 弱った企業は淘汰されるべきだというのが自由主義かも知れないが、それが行き過ぎると経済が不安定になり失業も増えて社会不安が増大してしまう。
 再建しうる企業は再生してもらおうというのが最近の中小企業支援の主流の考え方なのだろう。
 人事の方は、私に対してなぜ今の会社を離れることを考え、転職先としてウチに関心を持ったのかと聞かれた。
 自分の持っているスキルや強みを役に立てたいが、今の会社ではどうも役に立ちそうにないからだということと、中小企業診断士のスキルを活かして我が県の産業の発展・中小企業の経営改善に役立ちたいからだということを答えた。
 事実そう思っている。
 会社を離れるというのは大変なことで、愛着もありまた新しい世界へ行く不安は大きい。
 しかし今のままでは変化できないことがわかっている以上、どこかで自分で自分のダイヤルを回さなくてはならない。回すのは自分自身だ。やろうと思った時がやるべき時なのだと思う。
 幸運の女神には後ろ髪はない。
 と言っても、今日訪れた会社に行くことが幸運の女神かどうか、それは行ってみないとわからない。
 もう一回先方の方と会うことになるだろうと思う。
 あまり逡巡している時間はない。
 給与面では、キャリアアップとまでは行かないまでもキャリアダウンは避けられそうだ。
 但しそのためにはちゃんとまじめに働き、試用期間後正式社員に変更されるよう努めねばならない。
 そんなこんなで、自分のやりたいことと先方の社のニーズ、大体合っていそうである。
 その業界の知識は皆無であるが、勉強すればなんとかなると思っている。
 生来鈍感というか楽天的な人間なので、やりゃあなんとかなるさと思う。
 ダイヤルを回すのは自分、幸運の女神に後ろ髪はない、やろうと思った時がやるべき時。
 5月後半には遅くても答を出していることだろう。
 Go Ahead!

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大阪は暑かった

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 久しぶりに大阪へ行って来た。
 相変わらず大阪は暑かった。
 会議への出席が目的だったが、少し時間があったため、以前出向していた会社に行き、Nという元上司に会ってきた。
 この人は元S銀行のシンクタンクにいたコンサルタントだったが、縁あって私の会社のグループ企業である研修会社に転職した人だ。
 この人に転職について相談した。
いただいた助言は次のとおり。
・対象となる仕事の、その会社の中でのポジショニング・役割の確認(将来もその業務があるのか、一時的なものでいずれ配転・縮小される可能性があるのか)
・自分のやりたいこと・苦手なことをはっきり言って、先方の条件に合うかどうかを確認すること
・給与など待遇面をきっちり確認すること
・初回の面接以降のスケジュールの確認(もし今の会社を退社する場合のそれまでのスケジュール)
 転職経験のある人には学ぶ点がある。
 しかも純粋な我が社の人ではなくこの先も独立や別のシンクタンクへ移る危険な香りを持つ人なので、我が社の人には相談できない、自分の転職相談などを安心して相談できる数少ない人だ。
 いかんせん、大阪という遠方にいらっしゃるのが難だが、その会社を離れて4年も経っても会ってくれるというのはありがたい。
 結果はどうなるかはわからないが、貴重な助言をいただいた。相談して良かった。

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記憶術第2回

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 先日書いた「記憶術」の先生のところへ、今日再び行って来た。
 次男坊と妻の二人だけで行ってもらう予定だったが、偶然私の出張が入り、これまた偶然にその帰路、車に乗せてくれる人がいて、事務所の近くまで送ってもらうことが出来た。
 既に「授業」は終わりかけていて、前回と同じやり方を再度おさらいとしてやっているところだった。
 それが終わって、先生から「ハイ、これで指導は全部終わりです。やり方を覚えたので、これからはこれでできた時間を遊びに使うなりなんなり、時々勉強などもやって、良い時間の使い方をして下さい。」というようなことを言われ、退出した。
 帰りの車の中で妻に様子を聞いたところ、今日の授業の内容を細かく覚えていて、先生の話す内容をこと細かに再現したという。それも5分以上もである。50分授業での先生の語りを覚えているというのは驚異的なことだ。私はその場に居合わせていなかったため、息子が再現している授業風景をこの耳で聞くことは出来なかったが、授業の様子がよくわかったと妻は言っていた。
 おとといと昨日、そして今日、先生の言っていたやり方を愚直に実行していたらしい。全部の授業ではなく、高校受験の対象科目であるいわゆる5教科について実施したということである。
 ちゃんとい愚直に努力したことをまず何よりも褒めてやりたい。
 そして、まだもう1回ぐらい行かなくてはならないかなと思っていたが、実施状況の確認一発で合格した息子を誇りに思う。
 さあ、私も負けてはおられない。
(税理士の試験にチャレンジしようか思ったが、暗記よりも計算などが多いため、記憶術だけではだめなようである。ちょっと考え直さなければならないかも)
 
 頑張れ、息子よ! 自信をもって!!

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勝間和代さんの本

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 勝間和代さんという人の本がいくつもベストセラーになっている。
 昨年暮れに『効率が10倍アップする新・知的生産術』という本を買った。
勝間google

 時間のあるときにパラパラめくっており、あちこち感銘だらけで、大した人だよこの人は、と思っている。
 慶応大学に行き、19歳で公認会計士、24歳で中小企業診断士など、学歴・資格取得歴自体が天才的なものであり、頭脳の出来が余人とは異なると思うが、真似てできることはやってみたい。
 その中の一つに、軽量なノートパソコンの保有・活用というのがある。
 ノートパソコンを持ち歩いてどこででも知的活動、なんてそうそうできるものではないが、とにかく真似てみることにした。
 彼女のようにPanasonicのレッツノートというわけにはいかないが、なんとか予算を工面して、サードパーティーの注文生産のノート型を注文した。重さは1.9Kg、画面は12.1インチでCPUは2G、ハードディスクは80Gで、一応DVDドライブがついており、OSはXPのホームエディションである。インターネットエクスプローラーも搭載しているらしいので、ソフトはメーラーもオフィス系ソフトも無料ソフトをダウンロードしたり、Googleを活用すれば、メールやオフィス系もなくてもいいくらいだ。
 持ち歩きパソコンでの生活、が実現するかどうかはわからないが、机の上の動きが悪いデスクトップは使い道を制限して、これからはノートでやっていこうと思う。
 入手は1週間後ぐらいかな。
 どんどん知的生産性を高めていこう。

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