チャールズ・オライリー他『両利きの経営』コロナ下で・・・。

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日本で出版されたのは2019年2月、ということで既に2年前になりますが、今も読み続けられているベストセラーとのことで、仲間内での課題図書に取り上げました。内容は富士フイルムやアマゾンなどの大企業の成功事例・失敗事例を中心に分析し、理論化したものですが、聞けば中小企業の経営者の方々も読んでおられる由。私たちの事業領域である中小企業の経営者に何か助言できるとすれば、どのような洞察が得られるだろうかと思いながら読み進めました。

『両利きの経営』チャールズ・A. オライリー、マイケル・L. タッシュマン (著)、東洋経済新報社

一般に経営資源に乏しい中小企業は事業領域を絞り込み、絞り込んだ領域でナンバーワンとなるよう経営資源を集中することで、大企業に入り込めないニッチで勝負すべし、というようなことを言います。ランチェスターの第一法則がまさにそれで、一点集中主義、局地戦、一騎打ち戦、などと言われています。しかし世の中はどんどん変化しており、顧客も変化し続けていることを考えると、今の顧客に今の組織能力で商品・サービスを多少改善しながら提供しているだけでは、いずれ他社に巻き取られてしまうという危険性がつきものです。どこからどうやって破壊的イノベーションがやってくるか予測することは難しいですが、市場環境の変化を注意深く見、顧客の声に注意深く耳を傾けていれば、ある程度は対応できるはずです。

しかしそれでもある日突然売上が激減するということもあり得ます。それに備えて日頃から、自分たちがわかっていること以外の市場や技術にも目を向けて、テストマーケティング的に「探索」をしていく必要があるのではないか、というのがこの本を読んでの私なりの見え方です。中小企業の場合、お金や人などの経営資源の使い道を決めることができるのは、ほぼ社長だけといっても過言ではないと思います。しかも、誰がその新規事業に取り組むのか、取り組めるのか、については、ほぼ社長だけ、といった中小企業が多いのではないかと思います。社長の肝煎りで後継者が、とか、特別に採用した人が、ということはあると思いますが。

とは言え、使える経営資源は極めて少ないわけで、例えば本体事業までをも毀損するくらいの資金をつぎこむようなことは避けなければなりません。ドラッカーが言うように「すべての失敗は経営者の責任」です。となるとどうするか。ユニクロがかつて野菜販売を行ってうまくいかないと判断して撤退した際には、あらかじめ撤退ラインを決めていたそうです。経常利益の何パーセント、とか、上限いくらまで、という風に決めておくことが大事です。しかし人間、特に叱責を受けることのない立場の人は、自分は間違っていない、もう少しこのままやればなんとかなるんではないか、といった「正常性バイアス」の罠に陥る危険性があります。正常性バイアスの有名な例は第二次世界大戦の時のインパール作戦だと言われています。(『失敗の本質』などに詳しく書かれています)

中小企業の経営者に注意する人はあまりいません。取締役会メンバーも株主も家族・親族であることが多く、ガバナンスが利きにくいと言います。頭でわかっていても、始めた以上やめられないし、経営者としての沽券にかかわる、ということでしょうか。そうした場合、第三者が冷徹な目で「社長、ちょっと行き過ぎていますよ」と言ってお止めすることも必要です。そういう役割として中小企業診断士などの外部専門家と顧問契約をする企業もあるようです。

中小企業の利点は、大企業のように、「戦略的な重要性が高いか低いか」「本業の資産の活用度が高いか低いか」といったような判断基準を用いて、幹部間で合意をして「探索ユニット」に色々なことをやらせるとか、「内部に矛盾をはらんだ探索ユニットと深化ユニットを共存させるために抱負や価値観や結束力のためにトップリーダーがリーダーシップを発揮しなければならない」といった苦労をそれほどしなくても、自分の判断で意思決定できることではないかと思います。

他方で活用できる経営資源がほとんどないため、自分自身が中心になって、本業もやりつつ新しいこともやらなければならないという物理的制約が大きい点が弱点ではあります。論理的な分析や理由づけに時間をかけなくて良い分、また、何が結果的にうまく行くかわからないということもあり、思いつきに近いことでのチャレンジも許容されるかも知れません。思いつきに近い取組みでも効果を早いサイクルで確認していくため、OODAループと言われる試行錯誤の手法や、そのためにMVPと呼ばれる必要最小限の試作品を市場に出して市場の反応を見ながら並行して商品のレベルアップを図っていくといったやり方も必要なのだろうと思います。そのためには、世の中のトレンド、これから世の中が進む方向性、などについて外部専門家の知見に耳を傾けることも必要だと思います。

また、業況の厳しい赤字企業の場合はどうすべきか、といった難題もあります。もし資金を一時的であれ調達できる見込みがあるのであれば、補助金を活用して資金リスクを軽くして新しいことに挑戦するという方法もあります。折しも今、新型コロナウイルスが猛威を振るっている中で、国がものづくり補助金や小規模事業者持続化補助金を通年で募集していますし、また、この3月には「事業再構築補助金」という新しいメニューも出されるとのことです。いずれも厳しい審査があるため、応募すればお金がもらえるというものではありませんが、厳しい状況にある中小企業も、そういう支援メニューも活用して、自ら変化することにチャレンジしていただきたいですし、そういう経営者の方々を応援していきたいと思っています。

中小企業診断士 中陳和人のホームページはこちら⇒ https://www.nakajinkazuto.com/

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2020年に実現できたこと(企業での交流分析研修)

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今年の春に先輩の中小企業診断士からコミュニケーションに関する研修を希望している企業がある、と打診がありました。
 以前から企業単位で交流分析の知恵をお伝えしたいと思っており、是非取り組ませていただきたいという風に逆提案しました。
 私に与えられた日程は4日間(各半日)でした。
 いわゆる2級講座を実施するには時間が短く、かつ初級編を経由せずにいきなり会社まるごと2級講座を学んでいただくのは適切ではないと考え、次のようなプログラムを組みました。

 1回目:社内コミュニケーションの現状を確認する(講師である私の現状把握という目的もあり、また何よりも参加者である社員の皆さんが日ごろ感じている息苦しさや伝わらなさを表に出して問題の認識を共有できるようにするという意味あいがあります)

 2回目:交流分析初級講座その①。1回目であぶりだした職場のコミュニケーション上の問題を念頭に置きながら、相手を変えなければと力む前に、まず自分の心の状態を知ろうということで、交流分析の7つのジャンルのうち「自我状態」を中心に実施。

 3回目:交流分析初級講座その②。この回が全体のヤマ場です。交流分析という心理学の中で私が最も中心的な知恵だと感じている「ストローク」を中心に実施。

 4回目:交流分析初級講座その③。「人生態度」や「心理ゲーム」などについてワークをしていただきながら自分を深く知るというプロセスを踏んでいただくことで、他者とのコミュニケーションのより良いやり方をそれぞれに考えていただく。

主要教材

 経営者の意向により、なるべく全社員に共通認識を持ってもらいたいということで、外国人技能実習生の方々も参加されました。これは驚きでしたが、参加者の1/3以上が外国人技能実習生だったことで、インストラクションプランよりも、この方々に果たして伝わるだろうかという不安が大きく、事務局の方にお願いして、日本人だけ、外国人実習生だけでグループになることがないように、また、私の説明でわかりにくい日本語があった場合は、外国人の方々に解説していただくようお願いしました。
 1回目は模造紙と付箋紙を使った全員参加型のグループワークでした。お客様情報のためその模様を掲載することはできませんが、後から役員さんからこんなに活発に意見が出てくるとは思っていなかったと驚きの声を伺いました。
 当然コロナ下での研修でしたので、全員マスク着用、ソーシャルディスタンスをある程度保ってということでの実施となりました。
 1回目のグループワークは通常行うような大部屋で講師が各グループの間を歩き回るというようにはできず、複数の部屋に分散して取り組んでいただいたので、オペレーション的にも大変ではありましたが、なんとかファシリテーターの役を務めることができました。

 縷々お伝えしてきて、最終日には次のようなまとめをしました。
 ①自分らしく気持ち良く過ごせる時間をより長くしていきましょう。
 ②会社で一緒に学んだ意味は、より心地よい有意義で価値あるコミュニケーションになるよう、コミュニケーションの質を向上させることです。
 ③職場でも家庭でも、意図的に、肯定的ストロークを出すように心がけてみて下さい。

 大きく感謝しているのは、私の依頼を受け止めていただき、幹部の皆さんもしっかり参加していただいたこと、幹部の中でも中心的な方が心理学や職場のコミュニケーションの重要性を感じておられ、交流分析の研修という提案を的確に受け止めて下さったことです。おかげで研修の準備から当日の運営、各日の研修終了時には毎回こういう事象があってどうすべきかといったご相談にもお越しいただき、有意義な取り組みになったと感じています。
 時間の関係で、最終回に参加者の方々から1回目にあぶりだしたコミュニケーション上の問題に対して、それぞれの立場でどのように向かっていくかといったことをお尋ねすることができなかったのが反省点ではありますが、それぞれにおいて学びを深めていただき、またお目にかかれる機会があれば、ともに考えさせていただきたいと思っています。

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『フランクリン自伝』からの抜き書き

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正岡子規の『病床六尺』を見ていたら子規が死の二週間程前にフランクリンの自叙伝について、文字が小さいことと体力が相当落ちている状態のために「三枚読んではやめ、五枚読んではやめ、苦しみながら」読んだにもかかわらず、「得たところの愉快は非常に大なるもの」で「何とも言はれぬ面白さであった」と書き記していました。子規が死の直前まで前を向いて生きていたことに感銘するとともに、ベンジャミン・フランクリン(1706~1790)という人と真面目に向き合ってみようと思ってこの本を求めました。本をひもとく中でごく最初のあたりのページにこれまで出会ったことのない考え方に触れ、これは面白いと思い、全体的に抜き書きをしてみました。あくまで個人の感想ですが、FBとTwitterで投稿した内容を再録しておきます。なお1902年の今日9月19日は子規の命日とのことです。

岩波文庫『フランクリン自伝』表紙

私は他人の自惚れに出逢うといつもなるべくこれを寛大な目で見ることにしている。自惚れというものは、その当人にもまたその関係者にも、しばしば利益をもたらすと信ずるからである。(フランクリン自伝p9 2020.8.15)

議論好きという性質はともすると非常に悪い癖になりやすいもので、この性質を実地に生かすとなると、どうしても人の言うことに反対せねばならず(中略)談話を不快なものにしたり、ぶちこわしたりしたしまうほかに、あるいは友情がえられるかも知れない場合にも不愉快な気持ちを起させ、恐らく敵意をさえ起させる(フランクリン自伝p27 2020.8.16)

私はトライオン式の料理法を習い覚え、馬鈴薯や米を煮たり、早作りプディンをこしらえたり、その他二、三種類の料理ができるようになったので、私の食費として毎週払っている金の半分をくれるなら、自分は自炊をしたいがと兄に申し出た。兄は早速承知した。そこでやってみると、まもなく兄のくれる金が半分は残ることが分かった。この残った金は本を買う足しにした。(フランクリン自伝p30 2020.8.17)

飲食を節するとたいてい頭がはっきりして理解が早くなるもので、そのため私の勉強は大いに進んだ。(フランクリン自伝p31 2020.8.18)

クセノフォンの『ソクラテス追想録』を求めたところ、その中にこの論争法の例が沢山出ていた。私はすっかり感心して、いきなり人の説に反対したり、頑固に自説を主張したりする今までのやり方を止め、この方法に従って謙虚な態度で物を尋ね、物を疑うといった風を装うことにきめた。(フランクリン自伝p32 2020.8.19)

談話の主要な目的は、教えたり教えられたり、人を喜ばせたり説得したりすることにあるのだから、ほとんどきまって人を不快にさせ、反感を惹き起こし、言葉というものがわれわれに与えられた目的、つまり知識なり楽しみなりを与えたり受けたりすることを片端から駄目にしてしまうような、押しの強い高飛車な言い方をして、せっかくの善を為す力を減らしてしまうことがないよう(後略 フランクリン自伝p33 2020.8.20)

人に物を教えようとする時に、押しの強い独断的な言い方で自分の考えを述べたのでは、人は反対しにくい気持になって素直には聞いてくれないだろう。また他人の知識から教えを受けて賢くなりたいというのに、しかも現在の考えを固執するようなことを言っては、議論を好まぬ謙遜で思慮のある人なら、おそらく間違っていてもそのままにしておいて直してはくれないだろう。(フランクリン自伝p33 2020.8.21)

人は金を沢山持っている時よりも少ししか持っていない時のほうが、気前のよいことがあるものだ。多分文なしだと思われるのがいやだからであろう。(フランクリン自伝p47 2020.8.22)

理性のある動物、人間とは、まことに都合のいいものである。したいと思うことなら、何にだって理由を見つけることも、理窟をつけることもできるのだから。(フランクリン自伝p67 2020.8.23)

私は鋳型を考案し、手もとにある活字を打印器に使って鉛に字を打ちこみ、こうしてかなり上手に足りない活字を揃えたものだ。また時にはいろいろなものを彫りもしたし、インキも作れば、店番もしたし、その他何でもやった。つまり、万屋だった(フランクリン自伝p101 2020.8.24)

私は人と人との交渉が真実と誠実と廉直とをもってなされることが、人間生活の幸福にとってもっとも大切だと信じるようになった。(フランクリン自伝p108 2020.8.25)

私は有能な知人の大部分を集めて相互の向上を計る目的でクラブを作り、これをジャントーと名づけて、金曜日の晩を集まりの日にしていた。(中略)会員はすべて順番に倫理・政治ないしは自然科学に関するなんらかの点について少なくとも一つの問題を提出し、仲間の討論にかけることになっていた。(フランクリン自伝p112 2020.8.26)

議論のために議論するとか、相手を言い負かすために議論するとかではなしに、真理探究という真面目な精神で行うことになっており、(中略)議論が喧嘩腰になるのを避けるために、独断的な言い方や真向から反対するといったことは一切禁制となり、それを破る者には小額の罰金を課することにした。(フランクリン自伝p112 2020.8.27)

自分の勤勉ぶりを事こまかに、また無遠慮に述べたてるのは、自慢話をしているように聞こえもしようが、そうではなくて、私の子孫でこれを読む者に、この物語全体を通して勤勉の徳がどのように私に幸いしたかを見て、この徳の効用を悟ってもらいたいからである。(フランクリン自伝p116 2020.8.28)

何かある計画をなしとげるのに周囲の人々の助力を必要とする場合、有益ではあるが、自分たちよりほんのわずかでも有名になりそうだと人が考えやすい計画であったら、自分がその発起人だという風に話を持ち出しては、事はうまく運ばない。(フランクリン自伝p150 2020.8.29)

何かある過ちに陥らぬように用心していると、思いもよらず、他の過ちを犯すことがよくあったし、うっかりしていると習慣がつけこんで来るし、性癖のほうが強くて理性では抑えつけられないこともちょくちょくある始末だった。(フランクリン自伝p156 2020.8.30)

第一 節制 飽くほど食うなかれ。酔うまで飲むなかれ。

第二 沈黙 自他に益なきことを語るなかれ。駄弁を弄するなかれ。

第三 規律 物はすべて所を定めて置くべし。仕事はすべて時を定めてなすべし。

(フランクリン自伝p157 2020.8.31)

第四 決断 なすべきことをなさんと決心すべし。決心したることは必ず実行すべし。

第五 節約 自他に益なきことに金銭を費すなかれ。すなわち、浪費するなかれ。

第六 勤勉 時間を空費するなかれ。つねに何か益あることに従うべし。無用の行いはすべて断つべし。

(フランクリン自伝p158 2020.9.1)

第七 誠実 詐(いつわ)りを用いて人を害するなかれ。心事は無邪気に公正に保つべし。口に出だすこともまた然るべし。

第八 正義 他人の利益を傷つけ、あるいは与うべきを与えずして人に損害を及ぼすべからず。

第九 中庸 極端を避くべし。たとえ不法を受け、憤りに値すと思うとも、激怒を慎むべし。

(フランクリン自伝p158 2020.9.2)

第十 清潔 身体、衣服、住居に不潔を黙認すべからず。

第十一 平静 小事、日常茶飯事、または避けがたき出来事に平静を失うなかれ。

第十二 純潔 (前略)これに耽りて頭脳を鈍らせ、身体を弱め、または自他の平安ないし信用を傷つけるがごときことあるべからず。

(フランクリン自伝p158 2020.9.3)

第十三 謙譲 イエスおよびソクラテスに見習うべし

私はこれらの徳がみな習慣になるようにしたいと思ったので、同時に全部を狙って注意を散漫にさせるようなことはしないで、一定の期間どれか一つに注意を集中させ、その徳が修得できたら、その時初めて他の徳に移り、こうして十三の徳を次々に身につけるようにして行ったほうがよいと考えた。(フランクリン自伝p159 2020.9.4)

古くからの習慣のたえまない誘引や、不断の誘惑の力に対してつねに警戒を怠らず、用心をつづけるには、頭脳の冷静と明晰とが必要であるが、それをうるにはこの徳が役立つ。(フランクリン自伝p159 2020.9.5)

知識は、人と談話する場合でも、舌の力よりはむしろ耳の力によってえられると考えたので、下らない仲間に好かれるようになるにすぎない無駄口や地口や冗談などに耽る習慣(それが私の癖になりかけていた)を直したいと願った。そこで沈黙の徳を第二においた。(フランクリン自伝p159 2020.9.6)

多くの人の場合、(中略)私が用いたような方法を知らないために、このほかの徳不徳の点でよい習慣を身につけ、悪い習慣を破ることの困難に出会うと、これと戦うことを断念し、「所々しか光っていない斧が一番いい」と結論を下してしまう。(フランクリン自伝p168 2020.9.7)

私が作った徳目の表は最初は十二項目しかなかった。ところが、クェーカー教徒の友人が親切に言ってくれたのだが、私は一般に高慢だと思われていて、その高慢なところが談話のさいにもたびたび出て来る。何か議論するとなると、自分のほうが正しいというだけでは気がすまないで、おっかぶせるような、むしろ不遜と言ってもいい態度があるとのことで(中略)、できればこれを直したいものだと考え、謙譲の徳を表に加え、その語に広い意味を持たせた。(フランクリン自伝p172 2020.9.8)

会計の知識があれば、悪賢い男に欺されて損をすることもなくてすみ、子供が一人前になってその後をついでやれるようになるまで、従来の取引関係をつづけて恐らく利益のある商売を営むこともでき、けっきょくいつまでも一家の利益、繁昌のもとになる。(フランクリン自伝p183 2020.9.9)

他人の敵意のある行動を恨んでこれに返報し、敵対行動を続けるよりも、考え深くそれを取りのけるようにするほうがずっと得なのである。(フランクリン自伝p190 2020.9.10)

組合経営(※)というものは喧嘩別れになりがちのものであるが、私の場合は幸いなことにすべて円満に経営され、円満に終わったのである。これは私が予め用心して、喧嘩の種が一つもないように、各当事者がなさなければならぬこと、ないしはしてほしいことを残らず明瞭に契約書中で取り決めておいたのによるところが多いと思う。(中略)契約当時には当事者同士がお互にどんなに尊敬と信頼を持っていたにしても、仕事の上の心配や気苦労などが不公平だという考えが起ると、それにつれてちょっとした妬み心や嫌気が頭をもたげ、そんなことから友情にひびが入り、せっかくの組合関係もだめになって、訴訟沙汰やその他の面白くない結果に終わることがよくある。(フランクリン自伝p203 2020.9.11)※投稿者注:今日私たちが認識している「組合」と同義ではない可能性があります。(共同代表の株式会社みたいなものかも)

あらゆる他の宗派は、真理はすべて自分にあるものと考え、自分と異るものがあれば、異るほうが誤っていると考えている。それはちょうど霧の日に道を行く旅人に似ている。少し先を行く人々も、後から来る人々も、また左右の野原にいる人々も、すべて彼には霧に包まれているように見え、自分も他の人々と同様やはり霧に包まれているのに、ただ自分の周りだけが明るく見えると思いがちなものである。(フランクリン自伝p216 2020.9.12)

人間の幸福というものは、時たま起るすばらしい幸運よりも、日々起って来る些細な便宜から生れるものである。(フランクリン自伝p237 2020.9.13)

私が見てきたところでは、理窟屋で反対好きで言葉争いに耽るような連中は、多くは仕事の方がうまく行かないようだ。彼らは勝つことはある。しかし、勝利よりも役に立つ、人の好意というものをうることは決してないのだ。(フランクリン自伝p244 2020.9.14)

怠けているところを自分自身に見つけられるのを恥じよ。(中略)なさねばならぬことが山ほどある以上、夜が明けるとともに起き出すことです。太陽に見下ろされて「恥知らず。ここに横たわる」と言われるな。(フランクリン自伝p323 2020.9.15)

あなたの力が足りないという場合も、あるいはおありのことでしょう。ですが、そうであったにしても、着実に仕事をおつづけになることです。そうなされば、きまって大きな効果が上るものなのです。(フランクリン自伝p324 2020.9.16)

力は勇気ある者に、至上の幸福は有徳の士に、学問は勉強家に、富は用心深い者に授かる。(フランクリン自伝p326 2020.9.17)

つねに注意深く、用意周到であれ、どのような些細な事柄についても。時に、わずかな怠りでも、大きな災いを招きかねない。釘が一本ぬけて蹄鉄がとれ、蹄鉄がとれて馬が倒れ、馬が倒れて乗っていた者が命を落とした。(フランクリン自伝p327 2020.9.18)

儲けはいっときのことで定めないものであるのに、出銭は生涯つきまとう変りないものですし、「かまど二つを築くは易く、かまど一つに火を絶やさぬは難し」です。(フランクリン自伝p336 2020.9.19)

経験の経営する学校は月謝が高い(フランクリン自伝p337 2020.9.19)

番外編①(『フランクリン自伝』の翻訳者・松本慎一氏による昭和12年5月の解説より)

フランクリン自伝は、明治中期以来わが国の青年の愛読書(フランクリン自伝p352 2020.9.19)

フランクリン自伝は世界自叙伝文学中の古典としてきわめて広く読まれ、刊行後約一世紀の間に、英米のみにても版を重ねること幾十百版に及び、今日においてもその需要を絶たない(フランクリン自伝p353 2020.9.19)

彼が書き終えたのは計画の半分ぐらいに止まり、その活動のもっとも花々しかった晩年の三十年間には及びことができなかった。(フランクリン自伝p354 2020.9.19)

カール・マルクスは新大陸における最初の偉大な経済学者としてフランクリンに敬意を払っている。(フランクリン自伝p355 2020.9.19)

フランクリンはワシントンよりもリンカンよりも、より多くアメリカ資本主義の育ての親である。アメリカを理解するためには、フランクリンを知ることが、少なくとも甚だ有益だと思われる。(フランクリン自伝p356 2020.9.19)

番外編②(『フランクリン自伝』の翻訳者・西川正身氏による昭和31年8月のあとがきより)

フランクリンの自伝は、単に「優れた人生教科書」であるだけでなく、「アメリカ資本主義の揺籃史」として、アメリカ研究者にとって必読の書なのである。(フランクリン自伝p363 2020.9.19)

フランクリンは「アメリカ資本主義の育ての親」であったが、フランクリンをその面から見て行こうとする者にとって、マックス・ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』は必読の書である。同書には、「若い商人に与える忠告」をはじめ、フランクリンからの引用、彼への言及がそこここに見当たる。(フランクリン自伝p367 2020.9.19)

なお、この本を読んで初めて、当時のアメリカがヨーロッパの植民地であり、植民地であったということは領主様がいてヨーロッパ本国から色々課税指示が来て、でも現地の人たちは議会を作って抵抗したり、その一方で先住民と戦争をしたり先住民の人たちに自分たちの代理戦争をさせたりという、アメリカ独立前の人々の営みを、知識として知ることができました。

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塩野七生さんの『ローマ人の物語』

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塩野七生さんの『ローマ人の物語』文庫版全巻をようやく読み終えました。平成14年の刊行から丸18年をかけての通読となりました。元々ハードカバー版の第1巻が刊行されたのが1992年(平成4年)で最終の第15巻が2006年ですから、著作仕事自体も14年がかりでの大仕事です。

元々塩野さんの著作は学生時代に求めた『神の代理人』や『ルネサンスの女たち』『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』あたりから親しんでいたので、『ローマ人の物語』が出た時も書店で何度かページをめくりつつ、あまりに分厚いので購入には至らず、文庫版が出た時には躍り上がって喜んで買い求めたものです。

全編にわたり、過去の様々な記録や遺物をなぞって歴史の経緯・叙述を記しつつ、都度ご自身の推論も提示しながら読者に示す書き方となっており、何が記録で何が自身の考えかを区別しながら読み進めることができました。これは塩野さんの書き方の特徴であろうと思います。

ローマ皇帝というのは絶対君主のような印象を学生の頃は持っていましたが、この本を読んで初めてわかったのは、まったくそうではなく(歴代の皇帝にもよるようですが)、基本的には元老院という貴族(これも固定的ではなく新規参入貴族もあったようです)たちが承認するという手続きがあったこと、世襲とは限らず現皇帝の甥や信頼のおける部下に引き継いだこともあり、クーデターでの交代もあった(にもかかわらず皇帝という制度はそのまま)、というバラエティに富むあり方だったことです。ずっと後の時代にはローマ教皇が戴冠するという風に変わっていったようですが。

この本の私にとっての圧巻は、ハンニバル、カエサル、そして西ローマ帝国の滅亡のあたりです。

ハンニバルについては、文庫第4巻「ハンニバル戦記(中)」にある次の文章に、リーダーとはかくありたいと思わせる一文があります。「全軍を休ませるに足る宿営地の設営など、考えるだけでも無駄だった。山岳民が使う避難所や要塞に出あえば、神々の恵みとさえ思えた。多くの夜は陣幕を張る場所さえ見つけられず、それらを身体に巻きつけて風と寒さを防いだ。たき火は燃やしたが、暖をとるまでは不可能だった。総司令官のハンニバルも、一傭兵と同じく凍りついた食をのどに流しこみ、一傭兵と同じに崖下で仮眠をとった。だが、彼にだけは、一兵卒ならば考えなくてもよい種々のことを考え、情況に応じた判断を即座にくだす必要があった。」

欧米諸国では「ハンニバルが来るぞ」というのは子どもを怖がらせるための親の脅し文句で、日本での「鬼さんが来るぞ」というのに近いようなニュアンスがあるそうです。食人鬼のような恐ろしさをこめられているように思いますが、実際のハンニバルは将兵とともに起居し、将兵と同じ苦労をし、将兵に混じって仕事をしていた(但し戦略は自身で練っていた)、というある種理想的なリーダーだったのではないかと思います。戦後のある時のローマの将軍スキピオとハンニバルの邂逅シーンも優れた叙述だと思います。

カエサルについては、絶対君主を目指した横柄な人物でエジプトで女王と結婚し挙句は側近に裏切られて衆人環視の中で殺害された、という印象がこの本を読む前の私のイメージでした。しかしこちらもとんでもない誤解だった・・・事実の一部はあっていたのでしょうけど・・・ということがわかりました。なにせハードカバー版で2冊にも及び、文庫版では6冊にもなる、全巻通じて最もページ数を多く割かれた、超痛快な人物です。(捕虜として捕らえられた時の態度が刮目に値します。ある意味「犬のディオゲネス」が奴隷として売られた時のような潔さに通じるような) のみならず、塩野さんはよほどカエサルが好きなのか、皇帝の失政が見られるたびに(と言っては大げさですが)「カエサルだったら」とか「カエサルがもしいたら」みたいなことを後々までずっと書いておられます。

最後の43巻は蹂躙される自分たちの街に住む人々の惨状に思いを致し涙なしでは読めませんでした。しかし、塩野さんのこの本を通じて学んだことは、ものごとは一方からだけ眺めるのではなく、相手の側の目線も必要であるということで、攻める側からはまったく異なる(悲劇ではない)風景が見えていたのだろうなあとも思います。現場で当事者としてその被害にあっていない立場だからこそ取りうるスタンスなのでしょうけど。ただ、現代ではとても直視できない光景です。フレデリック・ラルー氏の『ティール組織』にある「レッドのパラダイム」だということを前提に置かないととてもではないですが。(私たちは既にそのパラダイムは超克しているはずです)


476年に西ローマ帝国の皇帝が廃されて以降のイタリアは、故地回復という名の下に思いつきのように戦いを仕掛ける東ローマ帝国皇帝といわゆる蛮族の平和的支配と劫掠の中でボロボロに疲弊していく旧西ローマ帝国の人々。特にミラノの惨状は目を覆うばかり。食糧生産はできず水道網は市民を救済するという目的での戦闘のために破壊されるなど、戦争は文明と一般の人々の暮らしと心を崩壊させることは間違いないことはよくわかりました。
フレデリック・ラルー氏の『ティール組織』にある「レッド・パラダイム」がそれよりも上位概念であるはずの「アンバー・パラダイム」を打ち負かしたということなのか、はたまた。粗野が往々にして文明に勝ることもあるということの証拠なのでしょうか。
アッティラが東ヨーロッパに攻め入ってきて押し出される形でフランクやらゴートやらが東西ローマ帝国を襲うのですが、そもそもその背景にあったかもという気候変動については塩野さんは触れられておらず。「人の歴史」として描かれたので自然現象は思索の対象外ということだったのかも知れません。最後に泣きを見るのはいつも一般市民です。
長い月日の中で蛮族と言われた人々は少しずつローマ帝国に(軍隊を中心に)取り込まれ融合していき、その中でかの文明のもろさや弱さを学習し、攻めどころを理解し、中に入ったり外から攻めたりしながら、最後は砂の城が崩れるようにポロポロと崩壊していった感じがします。
とは言えキリスト教会は存続し蛮族と言われた人々もヨーロッパのあちこちに住まいし、また帝国を逃れて海辺に行きやがてヴェネツィアとして千年の栄光を誇る人たちもいたり、やがて元々同一国だったはずのヨーロッパの人々が東ローマ帝国を蹂躙しコンスタンチノープルを崩壊させたりと、歴史はまだまだ続きます。

塩野七生さんの著作の一部

ともかく、長い間一つのテーマで楽しい読書をさせていただきました。塩野七生さん、ありがとうございました。

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「アリストテレス」が東へ西へ

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2020年5月と6月はブログの投稿を怠ってしまいました。

仕事柄実務をするばかりではなく時折は経営理論についての仕込みも必要であり、入山章栄さんの『世界標準の経営理論』なる大部の書物をめくっていました。

そんな中、同書のp662に「アリストテレス、カント、ベンサムらが提示した哲学理論は、いまも規範的な企業倫理の基礎になっている。」との一文がありました。ちょうど企業倫理について人様の前で話さなくてはならないということもあり、調べておかなければならないなあと思い、アリストテレス関連の書物やアリストテレスを西欧に再導入してキリスト教学と親和性を持たせたトマス・アクィナス関連やしばらくの間ギリシア哲学を保存していたイスラムの知の歴史などを調べていました。アリストテレスはギリシアの哲学者であり、ローマ帝国のどこかのタイミングで「過去の人」になり、ローマ帝国崩壊後はなぜかイスラムで継承され、その後再び西欧哲学の支柱になった・・・・なぜ「過去の人」になったのか、なぜイスラムに移ったのか、なぜイスラムで維持されたのか、なぜ再び・どういう経緯で西欧に戻ったのか・・・疑問が山積噴出です。色々調べてもわからないことだらけですが、時系列でそれに関することだけでも世界史の年表から拾ってみようというのがこの投稿の主旨です。残念ながらそれ以上深みのある作業ではありません。悪しからず。

なお作業は上記の諸書物を渉猟したのち、結局高校時代の世界史年表とNTT出版が1990年頃に「電話100年」記念事業として出版した松岡正剛さん編集になる『情報の歴史』から抽出しました。

788年 第5代カリフのハルン・アル・ラシード「知恵の宝庫」と名付けられた図書館を設立。学者や書物を集め、知識の府とし、ここでギリシア語の文献を翻訳させた。(イスラムによる版図拡大⇒征服地には元アレクサンダー大王による占領地が多数含まれており、ギリシア語の文献も多く存在していたと思われる)           800年 カール大帝、教皇レオ3世から戴冠807年 ハルン・アル・ラシードがカール大帝に水時計を寄贈。(イスラムから西欧に贈り物!)820~830頃 「アリストテレスのイスラム化」との記述あり830年 第7代カリフのマームーン「知恵の宝庫」を拡充、「知恵の館」を設立836、920、931、941・・・この頃イスラム世界におけるアリストテレスの紹介活発950年頃 コルドバの人口50万人、図書館も充実、当時のヨーロッパの学問の中心地に。(イスラム勢力が8世紀以降スペイン、ポルトガル<当時はアンダルスと呼ばれていたとか>を支配していたが、イスラムによる征服前はキリスト教がかなり普及しており、イスラム文化を受け入れた現地の人たちがアラビア語で記されていた元ギリシア語の書物をラテン語に翻訳しており、やがてそれらがピレネー山脈を越えることで西欧のカトリックの世界に紹介されることで中世西欧の学問の基になったとか)1030年 イブン・シーナ『医学典範」『宇宙論』『形而上学』などを著す。(アリストテレスの諸学問の影響大と思われる)1088年頃 ボローニャ大学創設(ヨーロッパ最古の大学)1096年 第1回十字軍(『アラブが見た十字軍』という書物には、攻め手のすさまじい暴行略奪食人の様子が描かれています。聖地奪還という美名に隠された別の目的があったのではないかと思わせるような悪行ぶりです。それは「異人は怖い。だから何をしても良い」という非文明時代の人たちだったからなのかどうか・・・塩野さんの『十字軍物語』なども含め、双方の立場で見てみて、歴史に学ぶことが必要だと思います。)1113年 ヨハネ騎士団、テンプル騎士団など創設1120年代 イスラム哲学のラテン語訳始まる(アデラード、アベラールなどによる)・・・いわゆる12世紀ルネサンス?1187年 サラディン、エルサレム占領1200年頃~ アラビア語アリストテレスのラテン語訳、ヨーロッパに広がる1210年 パリの協会、アリストテレス学説の授業禁止。(なぜでしょう? アリストテレスの考え方にはキリスト教の神が存在しない・・・「人はロゴス(理性)に従って善、中庸の行いをすれば幸福になれる」と考えており、それは神の否定につながると思われたからでしょうか・・・)1228年 教皇グレゴリウス9世、アリストテレス哲学をキリスト教に導入することを禁止。(上記の理由で全面的に禁止になったのでしょうか?)1229年 フリードリヒ2世、エルサレムに入場(第5次十字軍)1231年 教皇グレゴリウス9世、アリストテレスの理論の中で協会の協議に合うものを審議(一旦は禁止したものの、多くの人がアリストテレスの何かを知るようになり止められなくなったのかも知れません)1255年 アリストテレス学説、パリ大学人文科の教授対象となる(ここまで来ましたか、という感じですね)1273年 トマス・アクィナス『神学大全』完成。アリストテレス哲学と神学の関係を整理。哲学を神学の下に位置づけて取り込み。

・・・この間、モンゴル軍がポーランドまで侵攻したり(1241年)、第4回の十字軍が味方のはずのコンスタンチンープルを陥落させたり(1204年)、とややこしさ・複雑さが増していく感じがしますが、そこまでは追求しないでおきます。こんな風に歴史を読んでいくと、世界はお互いに影響し合ってなんとか辻褄を合わせながら生きてきたんだなあと感じます。イスラムの歴史、ローマ帝国後の西欧の動向などさらに学んでいこうと思います。

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世界的な感染症の流行とその後の世の中の変化について考える~映画「フェアゲーム」、書籍『株式会社の終焉』など~

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2020年初頭から新型コロナウイルス感染症「COVID-19」が猛威を振るっています。ワクチンの開発や治療薬の治験などが医学関係者の皆さんの間で懸命に取り組まれているものと思いますが、現時点ではまだこれといった具体的なものが見えていません。そのため、いつ収束又は終息するのかが見えず、私たちの生活は大幅に制約を余儀なくされています。

3年半ほど前に経済学者の水野和夫さんがお書きになった著書に『株式会社の終焉』という本があります。その中で著者はグローバル資本主義の限界を捉え「地球はいずれ閉じる」「21世紀の原理は『よりゆっくり』『より近く』『より寛容に』である」と主張しておられます。「20世紀の『技術の時代』は17世紀の『科学の時代』からの累積の上に築かれた」「今なすべきことは、21世紀はどんな時代化をまずは立ち止まって考えることです。走りながら考えると、過去4世紀間の慣性、すなわち『より速く、より遠く、より合理的に』が働いて、ITを切り札にした第4次産業革命にすがることになります。」と。

オンライン授業やオンライン会議、オンライン相談など、ネットを通じて会うというやり方が増えてきました。また、学校を9月入学に変更してはどうかという議論も再び始まりました。今まで4月生まれの人とと10月生まれの人が同じ学年だったものが、そういう風に大きく制度を変えると学年が別になってしまうかも知れず、また会社の入社時期はどうするのか、先生方の人事異動は、予算との関係は、私立学校の経営は、その他その他検討しなければならない課題が山ほどあります。しかし世界では米国をはじめ多くの国がそのようにやっているとなれば、ある意味業界標準みたいなものであり、合わせる不都合と合わせない不都合の比較みたいなことも考えてみる価値はあるのかも知れません。

先日一部の政治家の方々がColaboという団体を訪問した時のことが話題になっていました。後でその団体の方が抗議文を公開しておられ、一読しましたが、とても理路整然としてわかりやすく、どの行為やその背景となる思いのどこに問題があるのかが丁寧に記載してありました。私たちは勘違いしているのかも知れません。どちらが偉いのか。そういう問題ではなく役割なんだということを。例えば、極端な言い方をすれば、政治家は農家や工業生産者などと違って財を生み出しません。もちろん資本家の方もおられますが。財を生み出さないということはある意味「生産性がない」と言い換えても良いかも知れません。私たちが汗水たらして働いて稼いだお金の一部を税金として税務署に渡し、政治家はそのお金で生活をしておられるのですが、その自覚がどこまであるのか。私たちも彼らに投票して選んで税金を払って私たちの代弁者として雇っているという自覚がどの程度あるのか。選ばれし偉い人たちなのだと勘違いしているのではないでしょうか。

そのことが見えてきたのは、今回のコロナウイルス感染症で、傷ついた多くの人たちが求めている生活費や事業の固定費などのカバ-を国に求めているのに、あたかも「誰に与えてあげようか」という姿勢が一部に見られ、私たちがそのおかしさに気づき、誰かが「そもそも税金を納めたんだからこんな時ぐらい少し返して下さい」という言い方をして、それに対する共感が広がったということがあるのではないかと感じています。

国がおかしな動きをしたらちゃんとそれをおかしいと言えること。これは民主主義の大事な要素だと映画「フェアゲーム」は示唆しているように思います。ナオミ・ワッツさんとショーン・ペンさんが主役を演じており、ショーン・ペンさんが映画の終盤で講演している中で次のようなことを言っています。「ベンジャミン・フランクリンが独立宣言の草稿を書き、表へ出ると女性が近づき尋ねた。『フランクリンさん、どんな政体になりますか?』フランクリンは答えた『共和制です。守り通せるなら』・・・一人一人が国民としての義務を忘れない限り、道路の穴の報告も、一般教書の嘘を追求することも、声に出せ、質問するんだ。真実を要求しろ。民主主義は安易に与えらればしない。だが我々は民主主義に生きる。義務を果たせば、子どもたちもこの国で暮らせる。』実話に基づいた映画ですが、これがつい十数年前の出来事だと知り、驚くとともに、さすが民主主義の本家だなと感じました。

水野和夫さんと山口二郎さんの共著に『資本主義と民主主義の終焉』という本があります。この中で山口二郎さんが米国のハーバード大学教授のスティーブン・レベツキー氏とダニエル・ジブラット氏の共著『民主主義の死に方』の一節を紹介しており、「独裁の兆候として『審判を抱き込む』『対戦相手を欠場させる』『ルールを変える』の3つがあると指摘している」と書いておられます。今回のコロナウイルス感染症が収まったあと、人と人との接し方や社会の仕組み・当たり前が変わっているかも知れません。しかし、水野和夫さんはこの著書で最後に仰っています。「資本主義は終焉しても、民主主義は終わらせてはいけない」

私たちが「声に出さず」「質問しない」間に、大事なものを失ってしまわないよう、この大変な時にもしっかり意識をしていくことが大事なのではないだろうかと思います。外国の話ではありますが、フランクリンが「守り通せるなら」と言ったということを肝の銘じておきたいと思います。そしてこの世界中に猛威を振るっているウイルス禍の後、分断やヘイトで他人と自分を分かつのではなく、他の人に対してもう少し親切に穏やかに接することが多くなるような、あるいは、少しでも企業が利幅を大きくするために低コストで生産できるところから仕入れるというグローバルサプライチェーンが見直されて地産地消のような動きが高まるような、水野和夫さんが仰っている『よりゆっくり、より近くに、より寛容に』という価値観や体制の変化が少し増えていくのかも知れません。

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gビズID申請やり直しの巻

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令和元年度(2019年度)補正予算が国会で成立し、現在補正予算で執り行われる様々な補助金の準備が進められているものと思います。今回は「中小企業生産性革命推進事業」と銘打って、いわゆる「ものづくり補助金」「小規模事業者持続化補助金」「IT導入補助金」などがラインナップされています。

従来と大きく異なる点が、これらの補助金の申請に当たって「GビズID(アカウント)」の取得が必要であるという点です。 https://gbiz-id.go.jp/top/ ID取得には2~3週間程度を要するとのことで、経産省・中小企業庁・中小企業基盤整備機構では、申請を予定している中小企業に対して早めの手続きを呼びかけています。「GビズID」「gBizID」などいくつかの表記があり若干ややこしいですが、経産省が開発した補助金の申請を電子的に行うためのシステム(「Jグランツ」)で使われるものであり、特に「ものづくり補助金」の申請においては必須のものだとパンフレットに書いてあります。

https://www.meti.go.jp/press/2019/12/20191224003/20191224003-2.pdf

当面、経済産業省の補助金では、2019年度補正、2020年度当初予算で27補助金が対象となるようですが、今後他省庁、自治体の補助金も含めて随時拡大予定とのことであり、個人事業者である私もいずれ利用することもあろうし、その時になって慌てない方が良いと考え、早速申請しました。しかし、ちょっとしたミスで大きく時間がかかることがわかり、単純ミスで失敗されないように注意喚起の意味をこめてここに私の失敗談を掲載しておきます。

①2月13日、gビズIDプライムの申請書発送(郵便にて)。
②2月19日、gBizIDプライム登録申請の受付のお知らせメール到着。(記載事項に従い、指定のURLにアクセスすることで、申請時の登録携帯電話番号にSMSでワンタイムパスワードが届き、そのパスワードを入力すれば登録完了という流れのはずが、SMSが届きません。何度クリックしてもSMSが届かないため、同日support@gbiz-id.go.jp宛て、メールで問合せを実施)
③2月19日~21日まで、数度にわたるサポート担当とのメールのやりとりで、自分が申請時に書いた携帯電話の番号がそもそも誤っていた可能性があるためにSMSが届かないのではないか、との可能性が濃厚になってきました。(申請書には連絡先の電話番号は載るものの、SMS受信用の電話番号は印刷されませんので、ネット上で申請書を作成する際に記入した携帯電話番号がわからない仕組みになっています)指定されたヘルプデスクに電話することが必要というのがサポート担当からの最後のメールでした。(GビズIDヘルプデスク 06-6225-7877(平日9時から17時))
④2月21日、ヘルプデスクに電話で連絡。ヘルプデスク自体は受付のみで、本人性確認は、事務局から翌営業日に電話がかかってくるとのことでした。しかしその後1週間以上待っても連絡なし。
⑤3月2日、再度ヘルプデスクに同内容で電話にて問合せをしました。その際、また「折り返しは翌営業日以降」と言われたのですが、前回のいきさつも踏まえ、なるべく早くに連絡いただけませんか?とお願いしたところ、同日、事務局から電話がありました。結局は私が登録した携帯電話の番号の中に一つ誤った数字があったことが原因だと判明しましたが、ちょっとのミスで2週間以上ロスしてしまいました。改めて申請書作成用サイトで申請書を作成の上必要書類を用意し、新規の申請(郵送)を行ったのですが、皆様はこのような単純ミスで時間の浪費をなさらないようにお気をつけ下さい。

なお、「電子申請」は、インターネットを利用して申請・届出をする方法で、ネットへの接続環境があれば、いつでも・どこでも 手続きができるというものです。電子申請により郵送が不要となるため、書面で行う申請に比べて、移動や 郵送等のコストが掛からない 、法人情報や過去の申請情報を自動転記することにより、入力の手間の削減(ワンスオンリー) 、ログイン時の認証機能により、書類の押印が不要等のメリットがあるということです。(経産省ニュースリリースより  https://www.meti.go.jp/press/2019/12/20191224003/20191224003.html

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横断歩道では一時停止をしっかりと

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昨年何度か長野市で仕事をする機会がありました。行く都度目についたのは、横断歩道で人が渡ろうかとしていると、そこに差し掛かった車の7、8割が一時停止をしているということです。初めはさほど気にもならなかったのですが、タクシーもバスも一般乗用車も関係なく皆さん一旦停止をなさる。しかもその道路は長野駅から善光寺へ伸びる、片側一車線ではあるもののメインストリートの一つで、路線バスや観光客を乗せたタクシーなどがビュンビュン通る道路です。私も何度も車が止まってくれました。これ、富山ではまず見られない光景です。


善光寺のお膝元だからだろうか、歩行者に優しい人たちだなあと長野市のドライバーの「マナー」の良さに感動していた矢先、先だって自動車運転免許センターで講習を受ける機会があり、そこで驚くべき調査結果を聞きました。

それは、信号機のない横断歩道を歩行者が横断しようとしている場合に一時停止する車がどれだけあるかを調べたJAFの調査結果です。もちろん全車ではなくサンプルではありますが。ちなみに、信号機のない横断歩道を歩行者が横断しようとしている場合、クルマは一時停止しなければならないというのは、交通法規であり、違反した場合、それが「横断歩行者等妨害等」の認定をされると2点減点となります。そうです、「マナー」ではなく「交通法規」なのです。

調査結果では、我が富山県は全都道府県中44位という情けない結果。5.3%しか止まってくれないということでした。実際体感的にはそのくらいだろうと思います。私の家族が、ある時横断歩道を渡ろうとしていた人がいたため、停止線で一時停止をしたところ、後続車に追突され車が大破、全損(幸い家人にはケガなし)という事故に巻き込まれたことがあります。後続車のドライバーはハンドルを握りアクセルを踏んだ状態で、スマホとにらめっこをしており、横断歩道の手前で車が止まるなんて想像しておらず、そのままのスピードで進行した、まさか先行車がそこで止まるなんて、ということでした。(当然ブレーキランプは・・・ドライバーが前を見ていれば目に入ったはずですが)

誠に情けない我が富山県に対して、くだんの長野は、なんと68.6%。堂々の一位です。それでも7割ということで、法律違反をしている車が3割あることはあるのですが。しかし、歩行者が横断歩道を渡ろうという時にそれほど恐れを抱かずに横断歩道に足を踏み入れることができるし、ドライバーも横断歩道に差し掛かる際には、そこを渡ろうとする人がいるかも、という前提で若干スピードダウンして通ろうとします。実際長野市で見た多くの車両がそうでした。この違い、一体なんなんでしょう。

ちなみに、この調査は2016年から毎年JAFが行っているもの(2019年調査結果はここに掲載されています⇒
https://jaf.or.jp/common/safety-drive/library/survey-report/2019-crosswalk )だそうで、当然毎年パーセンテージも順位も異なりますが、私たち富山の人はもう少しちゃんと交通法規を守らなくてはならないのではないだろうかと真剣に考えさせられました。家族でもよく話し合いをしようと思います。

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ロボットプログラミングの授業(小学生向け)のこと

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ご縁のご縁のご縁で、ITマスターという役割をいただき、時々お仕事をいただいています。もちろんジェダイの騎士のようなことはできません。小学生から高校生までを対象に、将来の職業としてIT関連の仕事を選んでもらえたら良いなあという厚労省系の施策の一環です。

2017年度から取組が始まり、初めの頃は職業体験イベントでのお披露目が中心でした。本来は小学校高学年向けに作られたカリキュラムということで、担当の職員さんが各小学校などを回り、出張授業を受けてみませんかと提案しておられた甲斐があり、2年目からはあちこちの小学校で出張授業を実施してきました。

いよいよ来年度2020年度からは小学校でプログラミングが授業で必修化となるということもあり、この一年は随分多くの小学校から引き合いがあり、私たち講師陣も大忙しでした。珍しいということからか、テレビ、新聞などマスコミの取材も結構ありました。ありがとうございました。

毎回20~30人の生徒を対象に実施するということで、実機を使うため、操作指導をする必要があります。かつ受講者全員がある程度は触って実感できるようにするという目標があるため、一人の講師で対応することは極めて厳しいものがあります。
おかげさまで私と同じITマスターの登録者が増え、小学校からの引き合いの増加とともに、一回の授業で同時に数人のITマスターが携わって授業を作ることができました。その都度メイン講師も持ち回りでできるようになり、他の講師の語りや進行の仕方など、毎回とても勉強になりました。 自分でもインストラクションプランは作りましたが、講師によってはA3数枚にわたる進行表(すごい!) を作っていた方もおられました。

今日が今年度の最終回でした。富山県西部の某小学校で5年生総勢61人が参加し、人数が多いので1、2限目と3、4限目の2回に分けての実施でした。基本的な進め方はカリキュラムに沿って同じやり方なのですが、子どもたちの発想は実にユニークで、毎回楽しく授業を進めさせてもらいました。来年度は正規の授業としてプログラミング(ロボットということではないのでしょうけど)が導入されるため、恐らくこの授業に対するニーズは大きく減るような気がしますが、一般的なプログラミングとロボットを使ったプログラミングは必ずしも同じではないので、案外またニーズが続くかも知れません。

ITマスターとしての役割はまだ他のメニューもありますので、今後も精進が必要なようです。がんばらなくっちゃ。

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久しぶりのチーム・コンサル

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過日、ある先輩診断士から声をかけていただきました。長い付き合いの、ある中小企業の経営者から「後継者のことで、複数の候補者がいるが、誰にすべきか悩んでいる」という相談を受けた。ついては、それら複数の候補者から絞り込むための知恵を一緒に考え、提案したい、とのことでした。先輩は私ともう一人の診断士に声をかけられ、チーム・コンサルがスタートしました。

初回は社長へのヒアリングです。進め方については腹案をリーダーに示してはいたものの、実際に経営者の思いを直接伺うことが大事だとの判断で、進め方の案を事前に出すことはしませんでした。ヒアリングの結果、複雑な事情も教えていただき、その辺りも考慮しつつ、進めることが必要であるとわかりました。
とは言え、誰を後継者にするか決めるのは現・社長である、ということはチーム一同共有認識として、以下のように進めました。

まずは後継候補者へのインタビューです。この時の留意事項は、「あなた方は後継候補者です。これから選抜面接をします。」といったようなことは言わないことです。もちろんケースバイケースで、そのように伝えてインタビューをした方がいい場合もあるでしょうが、今回はそれについては触れずに、皆さん幹部であり今後会社がさらに良くなっていくために現在の問題点や課題についてお聞かせいただき、後日幹部でその解決策等の話し合いをする、という説明にしました。

インタビューの結果を整理し、次に、後継候補者である幹部たちに同席してもらい、グループディスカッションを行いました。インタビューで出された問題点や課題については、あらかじめコンサルチームでその背景にあると想定される一般的な原因について仮説を立て、マップにしておきました。マップはあくまで仮説ですので、「参考になさっても結構です」という言い方でマップを見ていただきながら、多数出された問題点や課題の中から、幹部の皆さんに緊急度と重要度の高いものを選んでいただき、それらについて付箋紙を使って原因の深掘りをしてもらい、さらに付箋紙を使って対策案を検討していただきました。

その間、私はファシリテーションの真似事のようなことをして進行のお手伝いをし、もう一人の診断士は観察役(及び記録役)を担いました。誰が次の経営者に相応しいか、など、一回や二回の面談やミーティング観察で赤の他人が判断できるものではありませんが、少なくとも気心の知れた間柄で交わすディスカッションの様子を見ていれば、誰がどんな時にどんな言動をするかの普段の癖(やその背景にある考えの深さ・浅さなど)が知らずに表れてきます。それを観察し、記録し、経営者に提示することで、経営者にとってもっとも望ましいと思われる言動をしている人が誰なのか、についておのずと経営者が判断できる材料を提供することができるのではなかろうか、と考え、上記のような進め方をしました。虚心坦懐の観察がとても重要です。

後継者にはどなたがなってもおかしくはないのでしょうが、誰かに決めなくてはならない。いずれ経営者にも引き時がありますので、後継者をしっかり決め、内外にそのことを示し、自身は後見役として支援&指南を行う。そうした承継ができれば、事業はしっかり次世代につないでいくことができるのではないかと感じます。しかしもちろん問題はこの先も山積しています。誰かに決まったとして、他の幹部はどう出るか。場合によっては会社を後にする人が出てくるかも知れず、しかしそれが損失であると経営者が判断するならばしっかり引き止めねばならず、そのためには待遇をどうするか、どういう期待役割をその人に伝えるか、なぜ他の人なのかをどう伝えるか、など、やらなくてはならないことはまだまだ沢山あります。

色々と勉強にもなった久ぶりのチーム・コンサルでした。

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