映画「春を背負って」の登場人物を交流分析的に見てみる

LinkedIn にシェア
Pocket

 昨日、富山県の立山を舞台にした映画「春を背負って」を観た。
 険しい山を舞台に、人が生きる喜びを取り戻していくような、観ている私も元気(酸素)をいっぱいもらえるような、そんな素晴らしい映画だった。
 さて、ちょっと即物的になるが、「春を背負って」の登場人物を交流分析の「機能分析」でどの類型に当てはまるか、なんて試みを自分なりにしてみた。
 ・小林薫さんが演じた父親はまさしく支配的な親のCPのイメージ
 ・檀ふみさんが演じた母親はそのまんま東
  ではなく、そのまま養育的な親のNP
 ・蒼井優さんが演じた愛ちゃんは天真爛漫なFC
 ・豊川悦司さんが演じたゴローさんはモロ成熟した大人のA
 ・そして主人公、我らが松山ケンイチさんは子どもの頃、山小屋開きなどにいつもつき合わされ、いやでいやでしょうがないが逆らうこともできず、大人になって親から離れるという反発をしてしまった、順応とその反対行動が出てしまったAC
 ということで、結果は主要人物5人がものの見事に5つの類型にはまっている(ように思える)。
 このほかに、主人公の友だちのサトシも父に敵わず、弱い自分をあきらめているAC、主人公の勤めていた会社の上司は父と同じCP、山岳救助隊の体調も父のような厳格さを持ったCP、そして、色んな人や立山の自然にもまれて少しずつ成長していく松山ケンイチさん演じる主人公のトオルは弱弱しいイメージからだんだん脱却し、最後にはCPとAがしっかり自分の中で育っていく、そんな様を感じられた。
 まあ、分析的な視点はどうでも良いが、素晴らしい映像・素晴らしいキャスティングだった。
 当然我々の目には直接は映らないが、それらを支え、味わいを引き出す木村大作監督をはじめ、素晴らしいスタッフがいてこそ作り上げられた日本映画史上に残る作品だと思う。

LinkedIn にシェア
Pocket