小説というのは、読み始めとか途中の展開や転換、クライマックス辺りまではいいんだが、エンディング近くになると、離れがたい気持ちに、往々にしてなる。
この『天地明察』がまさにそういう小説であった。
この小説は大阪の友人から薦められて読んだものだが、初めの頃は出てくる言葉が難解この上なく、さてどうなることか、と心配もしたが、ストーリーが面白く、ついつい引き込まれ上巻は一気呵成に読んだ感じだった。
渋川春海の純朴さとひたむきな向学心。作成した問題の誤りに気づいたときの潔さ、それを暗にほのめかした関孝和の深い配慮。素晴らしい江戸人の誇りと気高さに涙が出た。
さらに北極星を見ながら日本各地の測量をしていく際の、先輩学者たちの純粋さ。想定が当たったときの子どものようなはしゃぎよう。
まるで映像を見ているような、冲方丁という作家の筆さばき。
映画化されたがゆえに余計にかも知れないが、岡田准一さんがこんなふうにボケてるんだろうな、とか、宮崎あおいさん演じる「えん」のにらみ顔など、容易に頭に浮かぶので、小説を読んでいるというより、映画を観ているような気にさせてくれる小説だ。
幕末維新の折、日本が砲艦に脅かされつつも、結局は欧米列強に植民地化されずに済んだのは、この時期(江戸時代初期)に、既に高度な算術の知識・技術を持っていたこと、に象徴されるように、日本の学術・技能のレベルが極めて高かったことが大きいのではなかろうか。
私たちにはそういう学術能力が伝承されているはず。
もちろんそれらは、他人の知識の受け売りのみでなく、自分たちで工夫したり新しいものを生み出すオリジナリティも大いにあるはずである。
苦難の続く日本の政治経済情勢ではあるが、こういう爽やかな生き様をしなきゃ、と心から敬意を表しつつ、この素晴らしい人物たちが織り成す日本のDNAを背負って、みんな頑張りまっしょい。
冲方丁さんの『天地明察』
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