第32回魚津しんきろうマラソンに参加(5kmだけど・・・)

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 3年前に、意を決して参加した「魚津しんきろうマラソン」の5kmコース。
 初回は練習もせずに参加したため、往路でばててしまって、途中歩いてしまった。
 2年目は冬に縁あってルームランナーを買い、外で出なくても練習できる環境ができたおかげで、大会の前3ヶ月ほど、週末に練習することができた。
 3年目に当る去年は、2年目と同様にルームランナーでの練習ができたので、タイムは少し落ちたものの順位がぐっと上がった。
 そして今年。
 あまり練習する時間が取れなかったので、無理をしないで、とにかく途中歩くことはしないように、完走のみを目指して参加した。
 今日はことのほか暑く、気温はこれまでで最高の19℃。湿度40%は走るのにはとても爽やかなコンディションではあったが、暑いのがたまらなかった。
 結果、
 平成21年4月26日 31分55秒 272位(雨天)
 平成22年4月25日 30分21秒 265位(晴天)
 平成23年4月24日 30分40秒 204位(晴天)
 平成24年4月29日 29分44秒 211位(晴天)
 と徐々に良くなってきている。
 46歳の3年前と50歳の今と比較して、2分以上縮まった。尤も、この時は練習もせず、雨風の中の走りというコンディションだったため、単純には比較はできない。
 それでも去年と比較しても1分近く短縮できたのは、結果的にではあるが、我ながら凄いなと思う。
 人間の細胞は11ヶ月で全部新しいものに置き換わるそうだから、1年経てば別人になるというわけであり、そう考えると、タイムなどなんぼ縮まっても不思議じゃないし、逆に去年と比べてぐっと落ちることも十分ありうるのである。
 つまり、精進に努めれば、運命は変えられる、と大袈裟に言えば言えるのである。
 さてこの先どうするか。
 作家の村上春樹さんは、毎朝4時か5時には起床し、日が暮れたら仕事はせずに、夜は9時すぎには就寝する。ほぼ毎日10km程度をジョギング、週に何度か水泳、ときにはスカッシュなどもしている、という。
 サラリーマンができるワークスタイルではないかも知れないが、彼のように運動し続けることを目指したい。
 57歳になったある先輩は「10kmに参加。41分のタイムはショック(後略)」と言っていた。
 私はその半分の距離を同じぐらいの時間をかけて走っている。
 先輩は元野球選手なので、彼と同じだけの体力は持ち得ないと思うが、それでもまだまだ進化はできるはずだ。
 いずれ10km、さらにはハーフへの参加、ということも視野に入れつつ、この先も走って行こう。
 今まではこの大会が終わった瞬間、ほぼ年末までルームランナーは「家具」化して全く見向きもされなかったが、今年からはもっと使って行こう。
 まずは、来年も30分はしっかり切るぞ、ということを目標に取り組んでみる。

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三上延さんの『ビブリア古書店の事件手帖2』

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 1冊目に続いて、2冊目も大変面白かった。
 明るくリラックスできる推理小説だ。
 疲れた時の癒し本、って言ったら著者に失礼だろうか。
 主人公と店主の関係が少しずつ狭まってきているのだが、できればこのままプラトニックな関係が続けばいいなあと思っている。
 3冊目、4冊目も楽しみにしている。

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医学者・中田力氏の『日本古代史を科学する』

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 中田力という方(医学者・・・相当権威のある方らしい)の『日本古代史を科学する』という本を読んだ。
 この方が医学者であるということと、本の内容は直接の因果関係はない。
 しかし、これまでの歴史学者とはまったく異なるアプローチで、邪馬台国や出雲王朝の成り立ちを解き明かそうという試みであり、大変興味深く、面白く読ませていただいた。
 日本古代史好きにとっては、たまらなくロマンを掻き立てるテーマである。
 といってもこの著者のアプローチはロマンで行われているわけではない。
 ま、能書きはともかく、魏志倭人伝にある「方三百里」とか「陸行何日」とかいうのを、たとえば、一理を何キロという今風の距離感ではなく、当時の色々な資料に当って、せいぜい60~70メートルだ、という比定をして、そこから、最終的には、邪馬台国は宮崎県の日向灘辺りだ、と推論づける。
 また、染色体科学や中国の王朝の興亡をひもとき、「奴」国も、邪馬台国も、出雲も、いずれも中国南部の「呉」や「越」の戦争難民が逃れてきたという推論を行っている。この中で検討されているヒトの染色体、それと、米の染色体を連動させて、理論づけている考え方がとても面白く、推理小説を読み進むようなワクワク感がある。
 ずっと「科学的」と言い続けておられるのだが、最後の方は、「検証が難しい」と言って、多分に思いで書いておられるようなところも多いが、それは日本古代史の霧の中のことを考えるためおのずと限界があろうと思う。
 それでも十分頷けるところの多い、新たな日本古代史論であると思う。

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