「指定休務」という謎の勤務形態と小野リサと大日如来

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 金融機関には不思議な勤務形態がある。
 「指定休務」というものである。
 ある朝、突然「お前は今日は指定休務だ」と言われ、お客様対応などの最低限必要な引継ぎだけを行って職場を離れなくてはならない。
 出勤簿にもハンコは押さない。
 当日と翌日、職場には足を踏み入れてはならないことはもちろん、連絡もしてはならない。
 これは、金融機関で働く人にはどうしてもお金をワタクシする危険性がついて回っているため、突然会社を休ませて、本人が会社に入らないでいる間、机の引き出しや色々なところを調べ、またそういう調査をすることを日頃から皆に見せることで自浄作用を働かせようというのが目的のようだ。
 他の業界から来た私などは驚くしかないようなことなのだが、そうでもしないと、どうしても妙な気を起こす輩が絶えないのだろう。いや、そういうことをしていても、金融犯罪はなかなかなくならない。現に「ニッキン」という業界紙には、どこそこの銀行で現金xxx円を着服した、だとか、なになにの信用金庫でお客様の口座からyyy万円盗んだなどの記事が毎週のように掲載されている。
 ということで突然「指定休務」を言い渡された私は、引継ぎをして「指定」された別の職場へ移動した。
 「休務」という言葉の意味は、職場を離れるので、仕事は「休み」っぽいが、ホンマの休みではないため「勤務」扱いであり、そのため、両方の言葉を継ぎ足して「休・務」ということなのだそうだ。
 面白い制度だと思う。
 ともかく私はそういう命令を受けて、当日は県内の別の営業店に行って用務をこなし、翌日は県外までマイカーで出かけて指示された業務をしに行ってきた。
 今日の本題はそれからである。
 行きの道中。ラジオをつけていった。
 ラジオではボサノバの小野リサさんをスタジオに招いて、生ギターを抱えて歌を歌ったり、なぜボサノバを歌うようになったか、など、あのアンニュイな語り口調で喋っていた。
 日曜の朝のけだるい感じに効く音楽、というようなことをリスナーのお便りから紹介されていた。
 う~ん、まさしくそうだな、と思った。
 帰宅後、早速小野リサさんの曲をいくつかセレクトし、iPhoneに入れたのは言うまでもない。
 もう一つ。
 直江津辺りでのことだが、国道8号線をまっすぐ南下する帰路。
 道の際に「大日如来」がなんとか、という看板を見つけた。
 おおっ。ここで出会ったのも何かの縁。
 と思い、立ち寄ろうかと心が激しく動いたのだが、別の心が引き止めた。
 「お前は仕事中なんだぞ。本当の休みで観光している最中ならなんぼ寄り道しても構わないが、帰ってからまだレポートを書かなきゃならんし、上司から宿題も出ているだろう。それに何よりも今、仕事中なんだぞ」と激しく怒るもう一人の自分がいて、別にその声に従う必要はないのだが、そういう気持ちがあると、なかなか途中下車というわけには行かない。
 それ以外にも、道端の古そうな石仏が「ちょっと寄っていってよ」と手招きしても「うんにゃ、仕事中だに」というもう一人の声に邪魔されたり、土産物屋が立ち並んで「カニだよ!」と呼ぶ声がしても「観光じゃないだが」との妨害があったり、美しい山や海が眼前に広がる素晴らしい光景があっても「写真なんか撮っとる場合じゃないだろう」と叱られたり、と、色々良さげなところはあったのだが、いずれも開放感とはほど遠い「休務」とあって、道中ラーメンをすするぐらいの立ち寄りだけで、帰ってきた。
 帰宅は午後4時。
 それからレポートやら宿題やらで、終わったのが午後9時。
 これじゃ、会社で仕事しているのとなんら変わりやしない。
 などとマイナス思考が頭をもたげたが、いやいや、小野リサさんの歌が素晴らしく心地よいということに気づかせてもらって、大変お得な勤務日だった。
 小野リサさんの歌はいいよ。
 ・・・でも、今度休みのときに、本格的に能生の「道の駅」や直江津の「大日如来さま」は見に行ってこようと思う。

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