新たな旅立ちに向けて

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 いよいよ転職。
 今日はこれまでの会社の最後の日。
 先週は一週間丸まる送別会続きで、毎日毎晩多くの人に挨拶をして回ったが、今日がけじめの挨拶である。
 社内の人すべてに色んな意味でお世話になったが、全員に再度の挨拶はし切れない。
 申し訳ないが、最低限、同じビル内の管理者全員と各職場の主な人々への挨拶が精一杯である。
 皆さん、暖かく見送ってくれた。
 ありがたいことだ。
 しかし、これが喧嘩別れの退職だとどうなるだろうか。
 考えるだにぞっとするし、自分自身、この2年間の激務を思うと、そういう退社の仕方をしても不思議ではなかったと思う。
 後任の人事もままならなかったかも知れないし、二度と会社に足を運べないかも知れない。
 そうならずに済んだのは、妻をはじめ色んな人のアドバイスがあったからであるし、また本などからもあるべき振る舞いについて学ぶことができていたからだと思う。
 【参考書籍 『会社を辞める時刻表』吉田浩、中本千晶著 TBSブリタニカ】
会社を辞める時刻表
 24年と3ヶ月のこの会社での生活。
 果たして、感極まるかな?と思ったが、意外にあっさりと皆さんに別れを告げることができたし、社を後にすることもできた。
 自分は案外冷たい人間なのかも知れない。
 いずれにせよ、明日からは新しい会社でまた新たな激動の日々が始まるわけである。
 期待と不安、というよりも、どちらかと言うとわくわくしている。
 そんなんで大丈夫なのか? うかうかしているとどこかで足をすくわれるぞ、という警告をもう一人の自分が発している。
 でもあまり大きな不安はない。
 不思議なくらい泰然自若としている。
 なぜかはよくわからないが、これまでもまったく知り合いのいない職場へ3度4度と転勤しており、知らない人ばかりのところへ行くのには慣れている。
 なんとかならぁ、ってな感じで捉えることができているのが、見知らぬ職場への転勤を繰り返させられたサラリーマンの強みだろう。
 やりたいことが色々ある。
 それへ向けての第一歩である。
 しかしまずは、新しい会社での新しい仕事、新しい上司、新しい要求事項、新しい職場環境、新しい社外のお客様方などなど、新しいものづくめだが、それらに一刻も早く慣れ、自分らしさを打ち出していけるように環境をコントロールすることだ。
 梅雨ではあるが、天気晴朗前途洋洋、と信じて、前へ、進む。

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妻の助言

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 会社を移ったら、まったく新しい人間関係、業務内容その他、新たな苦労が発生するであろう。
 自宅に帰ってからの勉強なども当然必要になると思う。
 しかし、労働条件としては、今までの職場よりはかなりまともになると思われるし、そのように聞いている。
 それほど、これまでの職場は異常であった。
 毎朝8時にはデスクにいて仕事を開始して夜は終電で帰宅し、食事と風呂を終わったら深夜の一時、土日もどちらか一日分は丸々潰れてしまうという状態であり、自分の時間はまったくとれなかった。
 やりたいことは沢山あるのに、全然できない悶々が続いていた。
 ということなので、これまでよりは時間ができるという期待がある。
 親のケア、妻子との会話、自分の趣味やスキルアップや実益など、時間ができたらやりたいことが山ほどある。
 やりたいことリストを作らなければ!と語ったら、妻から「あんまりあれもこれもって考えない方がいいよ」とたしなめられた。
 ふっと我に返った。
 始める前からあれもこれもと考えていると、結局どれもできず仕舞に時間が過ぎていく可能性がある。
 妻はそういうことを伝えてくれたのだ。
 感謝。
 まずは、新しい職場で人間関係を含む環境に慣れること、仕事を早く覚え戦力として立ち上がること、自分の生活のリズムを作ること。
 やりたいことリストを作っておくのはいいが、実際にやりたいことをやるのはそれからじっくりと、というふうに少し長い目で捉えるのがいいだろう。
 あせらぬこと、だ。

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夫婦円満の秘訣

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 尊敬している夫婦がある。
 妻とも、結婚前から、あんな夫婦になれたらいいね、と理想像として描いていた夫婦である。
 もちろん、内実はわからない。
 色んなことがあると思う。
 当然切った張ったの夫婦げんかもあろう。
 別れ話だってあったかも知れない。
 しかし、夫唱婦随というか、お互いのいいところを認め合って、役割分担をきっちりなさっていて、でも柔軟にそのときの状況に応じて、やっておられる。
 しかもそのベースはお互いの揺るぎない信頼感なのだと思う。
 その夫婦のご家庭に、10年ぶりぐらいで訪問した。
 夫は65歳、妻は60歳である。
 もちろん、まだお二人とも全然ボケなどとは無縁に見えるが、忘れるということはあるようだ。
 そのために、若い頃は「言っただろ」「聞いてない」というケンカが結構あったようだが、最近はそういうことによるケンカの愚を避けるため、「言った」「言わない」ということが元での言い争いはやらないことに夫婦で決めているんだそうだ。
 ものすごく賢明なことだと思う。
 知恵だな、と思う。
 そんなことで時間を潰し、お互いぎくしゃくするくらいなら、「あ、伝わってなかったっけ? じゃ、これ頼みたいんだけど」と、そこからリセットして再開すればいいのである。
 聞いてなかった方も「うん、わかった」と素直にそこから始めれば良いのである。
 争いをしようがしまいが、その時点では何もできていないのだから、ムタムタとケンカで時間を浪費するよりも余程良い。
 仕事で「聞いてなかった」とか「そういうふうには理解していなかった」というのは許されないし、そんなことを言った瞬間に<社会人として失格>という烙印を押されかねない。
 しかし、本当に「聞いていなかった」あるいは「そうは理解できなかった」ということがあるのが人間の社会の常であるので、相手に伝わらなかったのは相手がアホなのだ、相手が悪いのだ、と一方的に他者を責めるのではなく、自らの伝え方に問題がなかったか、と振り返る契機にすることはできるかも知れない。
 それが人間関係を円滑に回す秘訣かも知れない。
 もちろん夫婦ほどうまくは行かないかも知れないが、ちょっと引いて考えることはできるのではないか。
 そんなことを考えさせられた先輩夫妻の一言であった。
 帰路、車の中で、いいことを教わったねと妻と反芻した休日であった。

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珍しい「健康十訓」

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 ある居酒屋での発見。
 3週間ほど前に金沢で懇親会があり、そこのトイレにあまり見かけない「人生訓」めいた、でもちょっと毛色の違う少しおもろい文句が達筆で書いてあった。
 店の人に、あのトイレの貼りもの、面白いねえ! 一枚分けてもらえない? とお願いしたが、トイレの分しかないので分けられませんとのつれない返事。
 う~ん、残念、でも欲しいなあ、と思っていたら、それから3週間して、富山市内でのある懇親会の席上。
 店に入ってふとテーブルの上を見たら、どこかで見たような文句があちらこちらにあるではないか。
 なんと金沢で見たのと同じ「健康十訓」がコースターに印刷され、みんなの席に配ってある。
 恋焦がれていた憧れの君に会ったようなうれしさを覚えた。
 内容は次の十項目である。(括弧内は私の勝手なコメントです)
1.少肉多菜(よく言うベジタリアン、でしょうか)
2.少塩多酢(塩分よりも酢)
3.少糖多果(果物の糖分も結構怖い場合もありますが・・・)
4.少食多噛(なんて読むのか不明だが、死んだじいさんが晩年は一口分で36回噛んでいたと聞きました)
5.少衣多浴(薄着で風呂好きがいいのだとか)
6.少言多行(不言実行に近いか、最近は有言実行がいいとも言いますね)
7.少欲多施
8.少憂多眠(案ずるより生むが易し、眠って、ヤなこたあ忘れましょうや)
9.少車多歩(健康の第一歩ですね)
10.少憤多笑(怒らなアカンときは怒れ、でも怒りを持続する時間があったら北風にならず太陽を目指そう)
 参考になる部分がありましたらご参考に。

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