『魔の山』DVD、筒井康隆さんの『聖痕』、ロバート・A・ハインラインの『夏への扉』

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トーマス・マンの『魔の山』を読み終え、その勢いでDVDを観ました。この映画は原作の味を忠実に映像化した優れた作品だと感じました。一部相違していたやに感じたのは、主人公のハンス・カストルプが思い人であるショーシャ夫人に対する思いを遂げるシーンがあったことで、小説の文脈からはそこまでは読み取れなかったため、映像作品としてのファンサービスなのか、それとも小説から読み取る力のなかった単なる私の読解力不足なのかはわかりません。また、小説の結末はなんとも悲しい(従兄のヨアヒムも含め)ものでしたが、映画ではそこまでの悲劇的な終わり方ではなかった(小説を読んでいる人はどうせこの後の次第はわかるでしょ、ということかも知れませんが)のがせめてもの救いだったと言えるのかどうか。

筒井康隆さんの『聖痕」を読みました。https://amzn.to/3IK3XrL
十年前に文庫本が出た時すぐに購入したものの、読もうとしては挫折、数年後再びチャレンジしてまた挫折を繰り返し、このままこのおぞましい物語は死ぬまで読めないのかも知れないなあといつも書棚を見ては思いながら過ごしてきましたが、意を決してとうとう読み通しました。最初はやはり目を覆いたくなるような描写があり、つらくて悲しくて痛々しくてとても読むに堪えられず、筒井さんのえぐい描写は今に始まったことではないものの、大抵は尊大ぶった権威者を嗤い飛ばすパロティ的なものであり、こちらがつらくなることはなかったので、この時(東日本大震災の翌年の夏から新聞連載)なぜこんな暗い描写ではじまる物語を書かれたのか、不思議でなりませんでした。
この小説の主人公が聖人のようになるのは、ちょっとだけ、絶望からスタートしたこの物語が(途中も暗くはないのですが)、とにかく前を向いて、歩いていきませんか?ということを訴えているようにも感じました。もしかすると多少ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』のアリョーシャを重ねているのかも知れません。
1970年代から2010年代初頭までを、途中から同時代小説みたいに描かれており、経済学者の野口悠紀雄さんを実名で登場させたり、阪神淡路大震災、オウム真理教事件、薬害エイズ、賃金削減と正社員減少、さらにはリーマン・ショックから東日本大震災(津波に吞み込まれる児童たちの意識の断片が主人公に聞こえという描写は体験者でない私ごときが言えることではないものの、目頭が熱くなりました)までを描いておられ、この40年間の日本の変容をなぞり、これからどう過ごしていくのだろうか?という問いを投げかけておられるようにも感じました。
下に一部だけ引用しますが、P330~331(文庫)の「金杉君」の「長広舌」はもしかすると筒井さんの言いたいことだったのかも知れません。文学者としての遺言であり預言であり最後の希望のようなものかも。

ネットフリックスで「夏への扉」が配信される、と聞いたと同じような時期に小説の『夏への扉』を購入しました。主人公の山崎賢人さん、面影がどことなく我が次男坊に、面影が、あくまでぼやっとした面影が(しつこいですね)ちょっとだけ似ているような気がして、他人のように思えないのです。これはただの、超・親バカ発言です。https://amzn.to/4nY9ISG
しばらくトーマス・マンの『魔の山」と格闘していたため、他の小説などを手に取る余裕がなく、また、筒井さんの『聖痕』をなんとか超えないとという思いがあり、後回しになっていましたので、その間映画も我慢していましたが、ようやく、戒律から解かれ読むことができましたが、並行して映画も観ました。内容には触れませんが、小説も映画も良い作品でした。「タイムトラベル不朽の名作」とうたわれているだけあって、単なる時間旅行ではなく奥行きの深い作品でした。今、生成AIやロボットなどが何かと話題になっています。そんな未来(小説が書かれた1950年代からすると)を予想してのことかどうかわかりませんが、小説の終盤にこのような記述がありました。
「人間精神が、その環境に順応して徐々に環境に働きかけ、両手で、かん(勘)で、科学と技術で、新しい、よりよい世界を築いていくのだ」
筒井さんの『聖痕』は「人類の絶滅する時期がずっと早まって近づいてきたように思う」としつつ「残り少ない食べ物を分けあいながら、幸福に、そして穏やかに滅亡していける」と「金杉君」に言わせていました。科学技術は使い方次第ではディストピアが訪れる(チョムスキー氏の『誰が世界を支配しているのか?』にはこれまで何度もすんでのところで核が発射されそうになったことが書かれています)。そういう未来もありますが、この本では、そういう新しい技術を、人類の知恵で適切にコントロールしていけるのではないか、ということを示唆しているように感じました。

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『魔の山』DVD、筒井康隆さんの『聖痕』、ロバート・A・ハインラインの『夏への扉』」への2件のフィードバック

  1. 中陳様 更新ありがとうございます。最後の一文を読んで以下のことを思い出しました。
    人間中心のAI社会原則(平成31年3月29日内閣府)
    4.1 AI社会原則
    (2) 教育・リテラシーの原則
    AI を前提とした社会において、我々は、人々の間に格差や分断が生じたり、弱者が生まれたりすることは望まない。したがって、AIに関わる政策決定者や経営者は、AIの複雑性や、意図的な悪用もありえることを勘案して、AIの正確な理解と、社会的に正しい利用ができる知識と倫理を持っていなければならない。
     
     これはAIに限定されるものではないということになりますね。次回も楽しみにしております。

    • 浜田様
      コメントありがとうございます。
      科学技術はより多くの人を豊かに幸せにすることを目指している、私たちは確実に良くなっている、と信じて今日も一歩ずつ進んでいきたいと思います。

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