その昔「遊」という雑誌がありました。何冊か購入したような覚えもありますが、今手元に残っているのは1981年秋の臨時増刊号一冊のみです。発行は工作舎、編集者は松岡正剛さんという方です。エディトリアル・ディレクターという聞いたことのない職業でした。カタカナの職業名に、なんだか変な、というのが第一印象でした。
数日前松岡正剛さんの訃報に接しました。新聞の片隅の著名人の死亡欄に載っていただけだったのであやうく見過ごすところでした。享年80歳とのこと。
「遊」で見ていた頃は、「日本はすごい」という論調が前面に出ていたこと、お名前が戦前のある政治家と同じであったことなどから、勝手な印象として、少し偏った思想の持ち主ではなかろうかと感じていました。そのため、超のつくようなこの人の博学ぶりに驚きと憧れを持ちつつも、その該博ぶりは本当であろうか、といぶかしがり、深入りすまいと距離を置いて眺めていました。
但し、この「遊」については、第一級の著名人が、それも大勢寄稿しており、これらの人が皆変な思想の持ち主だとはどうしても思えず、松岡さんに対する私自身の見方も妙な偏見やも知れぬと定まらぬ立場でしばらくはいたような気がします。
平成2年、「電話100年記念出版」として、NTTのグループ会社であったNTT出版から『情報の歴史』という分厚い書物が発行されました(非売品)。世界史年表の体をとった情報の歴史を扱った大部のもので、7000万年前から、人類の脳容量が1600立方センチになる時期を経て1989年(平成元年)に至るまでの歴史(地球の歴史を含む)を情報という切り口で編集されたものです(今年の大河ドラマの源氏物語についても記載されています)。企画監修・年代構成・本文執筆・作図構成を松岡正剛さん、構成編集を松岡正剛さんが主宰する編集工学研究所が担っており(当時の松岡正剛さんの活躍の舞台は主にこの編集工学研究所であったと思われます)、企画進行にはその数十年後に私の上司になった西山等さんが担っておられたことが巻末に記載されています。
これによって松岡正剛さんの印象が随分変わり、ああ、こういう仕事をしている人なのか、ちょっと偏見を持って敬遠し過ぎていたなあと見方を変えました。
その後の松岡正剛さんの活動を振り返って見ると、とにかく知が好きで、知を編集することが大好きなひとだったのではないかと感じます。最近は角川ソフィア文庫から「千夜千冊」のシリーズを刊行されており、この本自体は元々随分以前からネットで書き連ねておられたものだと思いますが、その他の著書や雑誌などにも登場しておられたため、てっきりまだまだ元気で知の啓発活動を進めて行かれるものだと思っていたので、急な訃報で本当に驚きました。松岡正剛さんの読書術なる本なども読み、この知の巨人がどのように読んでいるのか、読み方の一端に触れたような気もしますが、既に記憶からは抜け落ちてしまっています。
そういうわけで松岡正剛さんという人物に対しては、最初のちょっと斜に構えてしまった印象が尾を引いてしまって、あまり深く関わろうとしないこの40年間でしたが、そうはいっても色々と影響を受けてきたことには変わりなく、改めて感謝するとともに追悼の意を表したいと思います。そしてまた、彼と彼のお仲間が著わした『知の編集工学』や『探求型読書』なども読んでみようかと思っている次第です。