徒然草に見る「Time is Money」

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 時間は有限。
 放っておくとどんどんなくなっていく。
 過去は戻らない。 
 ただ頭の中に残っているだけである。
 どこにも存在しない。
 誰かと一緒に過ごした場合は、お互いの頭の中に残って、さも過去が共有されていて、今もあるような錯覚を覚える場合があるにはあるが、でも過去はもうどこにもない。
 そういうことをわかっている人はどれだけいるだろうか。
 徒然草に言う。
 寸陰惜しむ人なし。
 これ、よく知れるか、愚かなるか。愚かにして怠る人のために言はば、一銭軽しといへども、これを重ぬれば、貧しき人を富める人となす。
 されば、商人(あきびと)の、一銭を惜しむ心、切なり。刹那覚えずといへども、これを運びて止まざれば、命を終ふる期(ご)、忽ちに至る。
 されば、道人(どうじん)は、遠く日月を惜しむべからず。ただ今の一念、空しく過ぐる事を惜しむべし。もし、人来たりて、我が命、明日は必ず失はるべしと告げ知らせたらんに、今日の暮るる間、何事かを頼み、何事かを営まん。我等が生ける今日の日、何ぞ、その時節に異ならん。一日のうちに、飲食(おんじき)・便利・睡眠・言語・行(ぎょう)歩(ぶ)、止む事を得ずして、多くの時を失ふ。その余りの暇(いとま)幾ばくならぬうちに、無益(むやく)の事をなし、無益の事を言ひ、無益の事を思惟して時を移すのみならず、日を消(しょう)し、月を亘りて、一生を送る、尤(もっと)も愚かなり。(徒然草 第108段)
 吉田兼好の時代も今も、意外と時間を無駄に過ごす人は多いのだと思う。
 ま、かく言う私も・・・。

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