京都奈良大右回りその8(志賀直哉旧宅から正倉院、東大寺)

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 前回の記述から2週間も空いてしまった。
 間が空いたが、これにて今回の旅行記の最終回である。
 8月5日(水)。
 新薬師寺の次は歩いて数分。
 志賀直哉の旧宅。
 数年前に訪れたときから比べるとまた幾分整備が行き届いていた。
 戦後、GHQに接収され、面白くもおかしくもない白壁に塗ったくられたらしいが、それらをほとんど修復してあった。
志賀直哉旧宅外観
 それから春日山のささやきの小経と言われる中を通って東大寺。
 これまで入ったことのない三月堂(法華堂)。
 不空羂索観音が素晴らしい。
 たまたま女学生らが調べ物をしていて、堂守の方になにやら色々尋ねていた。
 それに対して丁寧に教えている声が、我々他の来訪者にも聞こえ、頭の上のおびただしい数の宝石類やら手の中の水晶玉やらのことがわかり、またありがたさが増したような気がする。
 境内を通ってやがて正倉院へ。
 途中、二月堂下の「裏道」を通り過ぎたあたりにふと見ると田んぼがあった。
 お寺で食する米を作っているのだろう。
 昔からの営みであろうとありがたくなった。
東大寺の田
 正倉院は外観しか見られず、少々残念。
 中に入れるはずもないか。
 と言っても大変大きな建築物であることにかなり驚いた。
正倉院外観
 その後は慌しかった。
 大仏殿の横を通り、大仏殿前の池を寸刻眺め、大通りを渡って奈良公園へ行き、興福寺の五重塔前で鹿さんの写真を撮り、南円堂を横目で見ながら猿沢池をふと見やって、奈良まちへ。
奈良興福寺の鹿
 奈良まちでは遅い昼食をとってから土産物をあれこれ買って、JRの奈良駅から大和路快速に。
 時間があれば、私の心のふるさとである「法隆寺」に寄るべく選んだ路線であった。
 少し時間はあった。
 しかし、妻の疲れもあろうと思い、途中下車はせずにそのまま大阪へ。
 大阪駅でまた少しあちこち歩いて買い物をした。
 午後5時40分過ぎのサンダーバードで魚津へ。
 帰路はお陰様で順調に、ちゃんと午後9時15分頃到着。
 今回の旅行は、結局、京都⇒北西の竜安寺⇒東部のあちこちと清水寺界隈⇒南下して奈良ホテル⇒奈良中心部の新薬師寺や東大寺界隈⇒西へ向かい、法隆寺の辺りを通り過ぎ⇒北東の大阪へ、という具合で、ぐるっと北西から東へ回り南へ行ってもう一回西へ移動し北上、と関西をぐるっと右回りしたような感じになった。
 わりとのんびり過ごした二日間ではあったが、二日目はちょっと歩く量が多く、妻には負担をかけたと思う。
 それでも京都・奈良を久しぶりにたっぷり味わった二日間であった。
 また行きたい、と思うが、やはりしっかりゆっくり1週間とか2週間といったような時間で行って来たいものだ。
 一日二日でおもてづらだけ見てきていいところではないと思う。
 メジャーではないが古代の文物などを収めた美術館があったり、夜はジャズバーなんかでもいいところが色々あるようだし。京都も奈良もまだまだ魅力が一杯だ。
 大阪勤務の7年半の間は主な寺社を経巡るのが精一杯で、そういうところまでは行けなかった。
 一日二日の旅行でも、そういうスポットまではなかなか足を運べない。
 いずれしばらく奈良に住むなどして、ゆっくりと回るのが私の夢である。
 夢を、叶えよう、一つずつ。

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